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西行辞典

件名: 西行辞典 第379号(180908)
2018/09/08
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      ◆◆◆◆  西行辞典  ◆◆◆◆
                        
                  vol・379(不定期発行)
                   2018年09月08日号

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             今号のことば    

         1 もしほ・藻汐木 02
         2 もたりにくく
         3 もち・もち月 
         4 もてやつす
         5 物思ふ袖・もの思ふ袖 01

最上川→第349号「まつり・まつる・奉る(01)」参照
もち網→第62号「鵜縄」参照
もちやこさまし→第326号「ほつの山越」参照
基家の三位→第284号「人々よみける(3)参照

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       ◆ もしほ・藻汐木 ◆

【もしほ・藻汐木】

「藻塩」とは海藻に海水をかけて、塩分を付着させ、それを焼いて
から水に溶かし、その上ずみ液を煮詰める方法で作った塩です。
「藻塩焼く」は塩を作る過程で焼く作業の事。
「藻塩草」は塩を作るための材料となる海藻の事。
「藻塩木」は海藻を焼くための木材。

尚、「藻塩草」とは名筆をも言い、筆跡の美称としての言葉です。
藻塩草はかき集める作業があり、そのことにかけて手紙や歌などを
集める意味もあります。

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     海辺の霞といふことを

02 もしほやく浦のあたりは立ちのかで烟あらそふ春霞かな
           (岩波文庫山家集18P春歌・新潮12番)

○もしほやく

当時の製塩法です。海中から藻を採集してきて、それを焼いて塩を
作っていました。

○立ちのかで

どこかに行くことや拡散して消えてしまうことなく、そのままその
場所にあり続けている情景。ありつづけているのは塩を焼く煙と
春霞の両方を指しています。

○烟あらそふ

製塩の煙と霞がともに立ちこめて拮抗している情景。

(02番歌の解釈)

「藻塩を焼いている浦のあたりでは、煙が立ち退くことなく霞に
たちそい、霞は一層濃くなってひとしお春を思わせることである。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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      副へて送れる二首

03 ちぎりおきし契りの上にそへおかむ和歌の浦わのあまの藻汐木
        (藤原俊成歌)(岩波文庫山家集281P補遺・
                 御裳濯河歌合・長秋詠藻)

添えて送った二首のうち、他の一首は以下です。

 この道のさとり難きを思ふにもはちすひらけばまづたづねみよ
        (藤原俊成歌)(岩波文庫山家集281P補遺・
                御裳濯河歌合・長秋詠藻)

○ちぎりおきし契り

西行と俊成の若い頃からの交友関係を前提とした約束事のことなの
でしょう。二人の関係は具体的には俊成判の御裳濯河歌合の序文に
よって知られます。
「…上人円位、壮年の昔より互に己を知れるによりて、二世の契り
を結びをはりにき…」(序文より部分抜粋)

○和歌の浦わ

紀伊の国の歌枕。和歌山市の紀の川河口の和歌の浦のこと。
片男波の砂嘴に囲まれた一帯を指します。
和歌の神と言われる「玉津島明神」が和歌の浦にあります。
和歌に関しての歌で、よく詠まれる歌枕です。
(浦わ)は(浦曲)で、和歌の浦の湾の湾曲していることや湾の入り
組んでいる部分を指します。

尚、御裳裳河歌合では「浦わ」は「うら路」となっています。

○あまの藻汐木

「あま」は海人のこと。
「藻汐木」は海水から塩を製造する時に製塩の釜をたく薪を表します。
この歌は上句と下句の連続性が判然としませんが、歌の道にかける
互いの思いを固い約束事としての共通認識の上での歌なのでしょう。

(03番歌の解釈)

「約束をしておいた約束の上にも更にそえておきましょう。
和歌の浦のほとりに住む海人の塩やく藻汐木を。」
          (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋)

【藤原俊成】=「顕廣・五條三位入道・左京大夫俊成・釈阿」

藤原道長六男長家流、従三位藤原俊忠の三男。1114年生、1204年に
91歳で没。1123年に父の俊忠が死亡してから葉室顕頼の養子となり、
「顕廣」と名乗ります。
1127年に従五位下となり美作守、次いで加賀守・遠江守・三河守・
丹後守・左京太夫などを歴任後1167年に正三位。
この年に本流の藤原氏に復して「俊成」と改名しました。
1172年に皇太后宮太夫。1176年9月、病気のため出家。法名は「阿覚」
「釈阿」など。五条京極に邸宅があったため、通称は「五條三位」。
歌道の御子左家の人です。藤原定家の父。俊成女の祖父。

1183年2月、後白河院の命により千載集の撰進作業を進め、一応の
完成を見たのが1187年9月。最終的には翌年の完成になります。
千載集に西行歌は十八首入集しています。
90歳の賀では後鳥羽院からもらった袈裟に、建礼門院右京太夫の局
が紫の糸で歌を縫いつけて贈っています。そのことは「建礼門院
右京太夫集」に記述されています。
西行とは出家前の佐藤義清の時代に、藤原為忠の常盤グループの
歌会を通じて知り合ったと考えてよく、以後、生涯を通じての
親交があったといえるでしょう。

家集に「長秋詠藻」、歌学書に「古来風躰抄」「古今問答」「万葉集
時代考」などの作品があります。

 世の中よ道こそなけれ思ひ入る山の奥にも鹿ぞ鳴くなる
                (藤原俊成 百人一首83番)

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       ◆ もたりにくく ◆

【もたりにくく】

(もたり)は「持ちあり・持てあり」の変化した他動詞ラ行変格活用
の言葉。これは物品などの形あるものではなくて、人が心の中に
持っている感情を主に「もたり」の言葉で表したのでしょう。
「もたり」+「にくくも」で、持ちにくくなる・持っているのが
つらくなる、と反語的な意味になります。

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01 月見ればいでやと世のみおもほえてもたりにくくもなる心かな
           (岩波文庫山家集148P恋歌・新潮619番)

○いでやと世のみ

「いでや」は、和歌文学大系21では「出でや」と解釈しています。
この歌は恋歌なので、あるいは少し違うのではないかとも思います。
でも月の縁語としての「出」のある解釈で良いのかもしれません。

「世のみ」は現在的な解釈では恋とは関係ないようにも思いますが、
平安時代は「世を知らない」と言えば男女の情愛を知らないという
意味でも使われた言葉のようです。
それにしても当時の言葉のニュアンスが良く理解できなければ、
解釈に戸惑う歌です。私も十分に理解できているとは言えません。

○おもほえて

自動詞ヤ行下二段活用「思ほゆ」の未然形「おもほえ」に接続助詞
「つ」の連用形の「て」が接続した言葉です。
意味は「自然にそのように思われる・ひとりでに思われる」という
ことを表します。

(01番歌の解釈)

「月を見ると、さあ逢いに行こうとあなたへの思いばかりが募って
きて、心を抑えきるのがとてもつらくなる。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

「月を見ると、恋人の面影が目に浮んで、何とかして恋しい
人と契りを結びたいとばかり思われて、平静な心を保ちにくく
なることだなあ。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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       ◆ もち・もち月 ◆

【もち・もち月】

「望=もち」とは、陰暦15日の事です。
同時に15日の満月を言います。ただし、陰暦でも15日に必ず満月に
なるわけではなくて、ほんの少しずれることもあります。
今年で言えば1/1(陰暦11月)、1/31(陰暦12月)8/25(陰暦7月)の
3回は次の日にずれ込んでいます。その他は15日が満月です。

尚、ありえないことの例えとして「晦日月」という言葉もありますが、
新暦に変わっているので晦日月もあり得ないことではなくなりました。

02番歌については西行の辞世の歌のように感じさせもしますが、
西行壮年の頃に詠まれた歌であり、決して辞世の歌ではありません。

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      同品文に 第十六我釋迦牟尼佛於娑婆國中
      成阿耨多羅三藐三菩提

01 思ひあれやもちにひと夜のかげをそへて鷲のみ山に月の入りける
                  菩提心論之文心なるべし
             (岩波文庫山家集227P聞書集08番)

○同品文

前歌の聞書集第7番の詞書に「化城喩品=けじょうゆほん」とある
ので、「化城喩品」を指しています。
「化城喩品」は法華経第7品にあたり、法華経七喩の一つだそうです。

悪路を行く隊商のリーダーが途中で幻の城を現出させて、部下達に
希望を持たせて目的地への旅を続ける……という例えから小乗仏教の
悟りは大乗仏教への悟りにと導くための方便、だと言われます。

○第十六

釈迦の前世が第16皇子という書物上の架空のことです。
釈迦の個人名は「ゴータマ・シッダッタ」と言い、インド北部の
釈迦族の浄飯王の王子だったことは確かなようですが、兄弟につい
ては明白な資
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