まぐまぐ!
バックナンバー

西行辞典

件名: 西行辞典 第374号(180630)
2018/06/30
************************************************************

      ◆◆◆◆  西行辞典  ◆◆◆◆
                        
                  vol・374(不定期発行)
                   2018年06月30日号

************************************************************

         今号のことば    

        1 葎・むぐら 02
        2 武蔵 むさし野
        3 武者 01

むご→第334号「まうで・まで 04」参照
むこの山人→第313号「ふり・ふる (3)」参照 
無言なりけるころ→第328号「ほととぎす 03」参照
蟲あわせ→第280号「人にかはりて・かはりて(2)」参照
むしたれいた→第356号「みくまの・三熊野」参照
むしろ・さむしろ→第152号「さむしろ・むしろ」参照

************************************************************ 

       ◆ むぐら・葎 02 ◆

【むぐら・葎】

雑草のアカネ科のヤエムグラ属・フタバムグラ属などの総称です。
ヤエムグラ・キクムグラ・ヤマムグラ・クルマムグラなどの10種ほどが
あります。この他に、クワ科(現在はアサ科に移動)にカラハナソウ
属のカナムグラなどもあります。
歌に詠まれている季節が秋の終わり頃、霜の降りる頃の歌もあります
から、葎の種類までは判明しません。03番歌以下の、秋になって
からの季節の葎は、アサ科のカナムグラの可能性もあります。

アカネ科ヤエムグラ属=花期は3月から5月。1年草または2年草。
アサ科カナムグラ=花期は8月から10月。1年草。

西行時代にあって、現在のように細かく区別されているはずもなく、
いくつかの葎を大まかに葎とひとくくりにして呼んでいたはずです。
歌では、葎は荒れ果てて寂しい光景の例えとして使われます。
西行の葎歌は8首あります。他に寂然歌が1首あります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

03 ふるさとを誰か尋ねてわけも来む八重のみしげるむぐらならねば
            (岩波文庫山家集239P聞書集95番)

○ふるさと

本来の意味は、自分が生まれ育った家のある土地・集落を言います。

そこから転じて、和歌では多様性を持った言葉として使われています。
生まれた土地、家、出身地ということだけにとどまらず、自分が
過去に関わりを持って、なじんでいた場所、更には平城京や平安京
などの旧の都を「ふるさと」と詠まれてもいます。

 人はいさ心も知らずふるさとは花ぞ昔の香にほひける
                (紀貫之 古今集42番)

紀貫之の上の歌にある「ふるさと」は、自分の生地や生家などでは
なくて、馴染んでいた場所を「ふるさと」と詠んでいます。

○わけも来む

「分けも来む」で、繁るばかりの草を分けて訪問して来る人が
すっかり絶えてしまっていること。

○むぐらならねば

雑草の葎です。詞書に「秋の歌に」とある4首の内の1首なので、
アサ科のカナムグラのことと思わせもします。その場合(八重)は
ヤエムグラの(ヤエ)を指している訳ではないでしょう。
「ならねば」は、違うという意味。

(03番歌の解釈)

「住み古した住処を誰が尋ねて草を分けても来ようか。人は八重に
繁るばかりの葎ではないので。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

04 都うとくなりにけりとも見ゆるかなむぐらしげれる道のけしきに
             (岩波文庫山家集239P聞書集96番)

○都うとく

今は都に住んでいるわけではないので、都の事については知る機会も
乏しく、都に関しての意識も薄れている実状を言います。

○むぐらしげれる道

人が通行することもないので、道には雑草の葎が茂りに茂っている
状況のこと。葎は荒れ果てて寂しい光景の例えとして使われます。

(04番歌の解釈)

「都に疎遠になってしまったとも見えるなあ、葎が茂って
いる道の様子によって。」
               (和歌文学体系21から抜粋)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

     浅からず契りありける人の、みまかりにける跡の、
     をとこ心のいろかはりて、昔にも遠ざかるやうに
     聞えけり。
     古郷にまかりたりけるに、庭の霜を見て

05 をりにあへば人も心ぞかはりけるかるるは庭のむぐらのみかは
             (岩波文庫山家集240P聞書集107番)

○浅からず契りありける人の

詞書から西行自身のことではなくて、西行の知人である「をとこ」に
ついての聞き知った話を歌にしていることがわかります。
(契りありける人)が亡くなった後の男の心情についての歌です。
ですから(契りありける人)は(をとこ)の妻とも考えられます。とも
あれ、(をとこ)と相応の関係のあった女性だと解釈できます。

○みまかりける

「身」に「まかり」の接続した言葉で、死亡したという意味。

○をとこ心のいろかはりて

深い関係にあった女性が死亡してから、亡くなった女性やその家に
対しての男の気持ちが薄れてきたということ。気持が冷めてきたこと。
(心の色)は心のありよう、心情のこと。

○古郷にまかりたり

(古郷)は女性が長年住んでいた家のこと。(まかりたり)は西行が
実際にそこに行ってみたということ。
偶然に行ったのか、意図して行ったのか不明ですが、亡くなった
女性と西行は面識はあったものと思わせます。

○をりにあへば

できごとのあったその時に…ということ。「あへば」は出合うこと。

○のみかは

(かは)は「……だろうか?いや、そうではない」という反語です。
問いかけの形で(むぐらのみ)と言い、その反語として「むぐらのみ
ではない」と逆のことを示す用法です。

(05番歌の解釈)

「その時になれば人も心が変わるのだなあ、枯れるのは庭の葎だけ
ではなく、人の心も離れてしまうのだ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

      十月初つかた山里にまかりたりけるに、
      蛬の聲のわづかにしければよみける

06 霜うずむ葎が下のきりぎりすあるかなきかに聲きこゆなり
    (岩波文庫山家集66P秋歌・新潮493番・西行上人集・
             山家心中集・宮河歌合・御裳濯集)

○初つかた=はじめつかた

山家集には「初めて・はじめ」に類する言葉はたくさんあります。
そのなかで、「初つかた」という表現はこの詞書一度のみです。

(つ)は格助詞で現在の「の」に当たります。「初めのかた」で、
「初めの頃」という意味です。10月初めころは現在の新暦では11月
初旬から下旬にかけてになります。    

○蛬・きりぎりす

バツタ目キリギリス科に属する昆虫の総称です。
体長は4センチメートル程度。色は緑色から褐色。夏から秋の頃に
鳴きます。コオロギのことと言われますが異説もあり、その断定は
非常に困難です。
キリギリスの西行歌は11首あります。

○葎

霜の降りる季節に「八重葎」はふさわしくはなく、アサ科のカラハナ
ソウ属のカナムグラと解釈して良いと思います。

(06番歌の解釈)

「神無月になり、霜がいっぱいおりている葎の下にいるこおろぎの、
あるかなきかに弱りはてたかそけき声が聞えて来るよ。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

07 むぐらしくいほりの庭の夕露をたまにもてなす秋の夜の月
             岩波文庫山家集238P聞書集90番)

○たまにもてなす

「玉にもてなす」こと。
露とはもともと丸いものですが、月光が露の玉の一つずつに当り、
それぞれが月の光を宿して輝いて見えるような現象を、「月が
もてなす」と詠んでいます。

(07番歌の解釈)

「葎が敷きつめたように生える庵の庭の夕露を、玉のようにもて
あつかう秋の夜の月よ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

08 むぐら枯れて竹の戸あくる山里にまた径とづる雪つもるめり
            (岩波文庫山家集247P聞書集162番)

○竹の戸あくる

少し誇張表現かとも思いますが、びっしりと繁茂する葎が竹製の
戸に絡みついて、開けることができなかったということ。
葎が枯れて、呪縛が解けたように戸を開けることができたという
ことです。

○径とづる

積雪が多すぎて道が不分明となり、通行不能になっている状態。

(08番歌の解釈)

「冬になり葎が枯れて、葎に閉じられていた竹の戸を開ける
山里に、また道を閉じる雪が積もるようだ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

09 むぐらはふ門は木の葉に埋もれて人もさしこぬ大原の里
   (寂然法師歌)(岩波文庫山家集139P羈旅歌・新潮1216番・
                     玄玉集・夫木抄)

○人もさしこぬ

人が訪ねて来ないことを言います。実際的には大原には人が多く
住んでいたので訪ねて来る人がいなかったのか多少の疑問は残り
ます。歌にあるように「門は木の葉に埋もれて」の状況であった
としたら、大原の地域内で住んでいたとしても、寺院などからは
離れた場所で庵を結んでいたのかもしれません。


続き>

前号|次号|最新
バックナンバー一覧

s登録する
解除する

利用規約
ヘルプ
メルマガ検索
マイページトップ
まぐまぐ!トップ