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西行辞典

件名: 西行辞典 第344号(170224)
2017/02/24
が東海道でした。江戸時代になって、
鈴鹿越えのルートが再び東海道のルートに組み込まれました。
東海道と関係なく、伊勢と京都をつなぐ交通路ですから、重要な
道であることに変わりはありませんでした。

○うき世をよそに

浮世・憂き世。現世の世俗的な世界を指す言葉。
「よそに」で、世俗的な世界とは絶縁して、ということ。

○ふりすてて

振りきって捨て去ること。置き去りにすること。
ここでは、それまでの生活を捨て去って出家したということ。

(58番歌の解釈)

「都を捨てて鈴鹿山を越える。なりふり構わず憂き世は振り
捨ててきたが、明日の我が身はどうなるというのだろう。」

「俊頼譲りの縁語仕立てによる風情主義に、和泉式部の内省的
自意識を加味する。身の在り方を問い続ける起点としての出家
を詠んで、初期西行和歌の完成度を示す。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

「出家直後の多感な青年僧の、自身の未来に対しての不安な心情を
直截に言葉に表していて、それは誰にも共感されるものでしよう。
何の保証もなく、不安な行く末ではあるけれども、こうした妙に
明るく、リズムの良い、浪漫ささえ感じられる一首を読むと、不安な
心情の中にも強固な意志力なり、決して悲嘆のうちに沈み込んでは
いない明るさなりが認められます。それは作者その人の人間性が
強く出ているということでもあると思います。」(阿部)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

     新宮より伊勢の方へまかりけるに、みきしまに、舟の
     さたしける浦人の、黒き髮は一すぢもなかりけるを
     呼びよせて

59 年へたる浦のあま人こととはむ波をかづきて幾世過ぎにき
          (岩波文庫山家集120P羈旅歌・新潮1397番) 

○新宮

地名。現在の和歌山県新宮市のこと。

○みきしま

どこを指すか不明。三重県尾鷲市三木崎、あるいは紀伊にある
二木島などの説があります。

○伊勢

前述参照。

○舟のさた

舟に関する全てのことをする人。操船をする人。

○あま人

海を生活の場としている人たちのこと。漁師、漁民のこと。

○こととはむ

相手に対して、言葉で問いかけること。物事を訪ねること。
人の家を訪問するという意味もあります。

○波をかづきて

「被く=かづく」と「潜く=かづく」の二通りの意味があります。
「被く」は(かぶせる)ことを基本的な意味として以下のような解釈が
あります。

1 布などで頭などを覆うこと。
2 衣類などを人から頂くこと。
3 損害などを背負い込むこと。背負わされること。

「潜く」も波を身体の上に覆うことですから、原意は「被く」と
同様です。潜ること、潜水することです。
「波をかづきて」で、波の下にもぐって…という意味になります。

他人を少し騙すことを「かつぐ」とも言いますが「かづく」から
派生した言葉とのことです。   

(59番歌の解釈)

「年老いてすっかり白髪となってしまった浦の海士に尋ねよう。
お前は波の底に潜って漁をして幾歳経ったのかと。」
           (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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     伊勢にまかりたりけるに、太神宮にまゐりてよみける

60 榊葉に心をかけんゆふしでて思へば神も佛なりけり
        (岩波文庫山家集124P羇旅歌・新潮1223番・
             西行上人集追而加書・西行物語)

○大神宮

伊勢神宮外宮と内宮両社のことです。天皇家の氏神社でした。
内宮は皇大神宮、外宮は豊受太神宮と言います。

○榊葉

普通名詞としてはツバキ科の榊の木のこと。
ですが、神域にある常緑樹の総称としても用いられます。
葉の付いた榊の小枝に「ゆふ」を付けて鳥居などに飾り、神域で
あることを示します。

○ゆふしでて

(ゆふ=木綿)は植物の楮(こうぞ)の皮を剥いで、その繊維を
蒸したり水にさらしたりして白くして、それを細かく裂いて糸
状にしたものです。
襷(たすき)などにして、榊の木に懸けたり、神事を行うときに
使われます。
同じ字を用いても(もめん)は綿の木の種子から取る繊維を
言います。

(しで)とは(四手・垂)とも表記して、垂らすということ。
現在、注連縄や玉串につけて垂らす白い紙のことを(しで)と
言います。

○神も佛

端的に本地垂迹思想を表しています。日本の神も実は仏の垂迹
したものだという思想です。伊勢神宮内宮の天照大御神は仏教
の大日如来のことだと考えられていました。(後述)

(60番歌の解釈)

「榊葉に木綿四手を掛けて、心をこめて祈願しょう。伊勢の神は
国家の神であるが、見方によってはその本地は大日如来とも
いわれていて、私の信仰する仏と同じなのだから。」
                 (和歌文学大系21から抜粋)
 
「この歌はいつごろ詠まれたのか不明だが、晩年の伊勢時代の
作ではあるまい。「思へば神も仏なりけり」という言い方には、
西行の心の中でまだ神仏習合が成熟していないことを感じさせ
るからである。西行が晩年の伊勢時代に大日如来の燦然たる
輝きの世界に至るまでには、まだ長いさまざまな迷いの悪戦苦闘
があった。」
          (高橋庄次氏著「西行の心月輪」から抜粋)

(本地垂迹説と伊勢神宮)

(垂迹と垂跡は同義で、ともに「すいじゃく」と読みます。)

本地=本来のもの、本当のもの。垂迹=出現するということ。

仏や菩薩のことを本地といい、仏や菩薩が衆生を救うために仮に
日本神道の神の姿をして現れるということが本地垂迹説です。
大日の垂迹とは、神宮の天照大御神が仏教(密教)の大日如来の
垂迹であるという考え方です。

本地垂迹説は仏教側に立った思想であり、最澄や空海もこの思想
に立脚していたことが知られます。仏が主であり、神は仏に従属
しているという思想です。
源氏物語『明石』に「跡を垂れたまふ神・・・」という住吉神社に
ついての記述があり、紫式部の時代でも本地垂迹説が広く信じら
れていたものでしょう。
ところがこういう一方に偏った考え方に対して、当然に神が主で
あり仏が従であるという考え方が発生します。伊勢神宮外宮の
渡会氏のとなえた「渡会神道」の神主仏従の思想は、北畠親房の
「神皇正統記」に結実して、多くの人に影響を与えました。

   伊勢にまかりたりけるに、太神宮にまゐりてよみける

 榊葉に心をかけんゆふしでて思えば神も佛なりけり

1180年の伊勢移住より以前に詠まれたはずのこの歌が、西行の本地
垂迹思想を端的に物語っています。同時に僧体でありながら伊勢
神宮に参詣したということをも詞書によって読み取れます。
天皇の宗教的権威の象徴でもある伊勢神宮に僧侶や尼僧が参詣する
ということはタブーでしたが、そのタブーがゆるくなり始めた頃
だったのかもしれません。内宮神官の荒木田氏との親密な関係が
なければ、参詣することはできなかったものとも思えます。
つまり、特別に参詣したとみなしていいのでしょう。
奈良東大寺の重源が700人の弟子を引き連れ、大般若経を携えて
参詣したのは、西行よりも遅れて1186年のことです。この時、一行
は外宮では夜陰にまぎれて参拝、内宮では白昼に神前に参拝したと
いう記録があります。

神仏習合とか混交ということ自体は本地垂迹思想よりも早く、七世紀
頃にはきわめて自然に広まって行きました。お寺の中に神社の性格を
持つ「神宮寺」が多く建てられていることからみても、それがわかり
ます。神の「八幡神」と仏の「菩薩」が合体して「八幡大菩薩」など
という言葉も生れます。神と仏を融合させて、より自然に素朴な形で
信じられてきたものだと思います。

尚、伊勢神宮に僧侶や尼の参拝が公式に許可されたのは明治五年の
ことです。

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  (後記)

続けてきた「まかり・まかる」ですが、次号には終える予定です。
項目化する前は、ここまではすることもないと思ったものでしたが、
そしてそれは今も変わらないのですが、西行本人や山家集に関する
ことは細大漏らさずに記述したいという当初の方針にも叶うことかも
しれません。
「まかり・まかる」について記述してきて、西行は行動の人であり、
かつ山家集は西行の全人生の記録の書でもあると今更ながらに思い
ます。西行歌は散逸したものが多くて我々は西行の一面しか知らない
とも言えそうです。もう今では分からない散逸した膨大な歌のこと
などを想えば、行動の人などという思いがさらに募ります。
我が身と引き換えてみた時、行動力にしろ記述するということにしろ
私ははるかに劣ると自覚します。むろん比較することなどに大した
意味は持ちえないのですが……。

さて、節季は啓蟄も近づきました。植物園などはこれまでは冬枯れの
光景が広がっていましたが、これから春の花たちが一斉に開花します。
梅、桃、桜はもちろんですが、他のたくさんの花たちにも逢える
ことが楽しみです。それはまごうことなく高齢になってからの楽しみ
の一つでもあるのでしょう。

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◎ 「西行辞典」第344号 2017年02月24日発行

◎ 発行責任者 阿部 和雄
   
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