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西行辞典

件名: 西行辞典 第347号(170421)
2017/04/21
   

○ささで人待つ

(閉ざさないで人を待っている)ということです。
(ささで)は(然々で)のことで、自然に、あるがままにという
ことを意味します。
でもそのように解釈してしまうのも、どこか違うような気もします。

○なぞしも

(なぜ、どうして?)という疑問符の付く状態をいう言葉です。
(何にぞ)に副助詞の(しも)が接続して、(なぜ、どうして)
を強調します。

○水鶏

(くいな)と読みます。
水辺の草むらに住むクイナ科の鳥の総称です。
体色は黄褐色で30センチほど。ミミズや昆虫などを捕食します。
北海道で繁殖し、冬は本州以南に渡ってくる渡り鳥です。

和歌に詠われている水鶏は、クイナ科の一種のヒクイナであり、
20センチ強。このヒクイナは東南アジアやインドなどに分布して
おり、日本には夏に飛来して繁殖します。
  
(08番歌の解釈)

「一晩中、戸を閉ざさないで来る人を待つ槇造の戸をなんで開けて
くれとたたく水鶏なのであろうか。戸はすでにあけてあるのに。」
          (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋)

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       ◆ ますを・ますほ ◆

【ますを・ますほ】

真赭(まそほ)の転化した言葉と言われます。真赭は辰砂
(水銀と硫黄の化合物)と関係があるという説もあります。
いずれにしても赤い土のこと、赤い色のことを指しています。
赤色染料として用いられた植物の蘇芳(すおう)は、真赭と何か
しらの関係があるのか分かりかねています。蘇芳は今昔物語にも
記載されている植物です。しかし鉱物ではない植物は赤色に関係する
とはいえ、(赤い土)に関係するとは思えません。
最近よく見かける春に紅色の小弁花をつけるマメ科のハナズオウは
江戸時代に日本に入ってきて、蘇芳と良く似ているのでハナズオウ
と名付けられたものであり、ここでは関係のない植物です。
植物の場合は単純に色具合だけが「ますほ色」と似ていると言えます。

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01 しほそむるますをのこ貝ひろふとて色の浜とはいふにやあるらむ
           (岩波文庫山家集171P雑歌・新潮1194番・
                西行上人集追而加書・夫木抄)  

○しほそむる

(赤い貝が海水を染めているように海の色が赤く見える)という
ことと、(海水の作用によって貝は赤く染め上げられる)という
解釈が成立します。
貝の赤色のために海水の色が部分的に赤く見えるという説の方が
自然で説得力があると思います。

○色の浜

福井県敦賀市の敦賀湾に面している「色浜」のことだと言われて
います。色浜の沖合すぐに「水島」があり、近年、海水浴場として
有名になったらしくて、私が一昨年夏に行った時にもたくさんの
水泳客を見かけました。
渡船で水島に渡って「ますをのこ貝」をいくつか拾ってきました。

○いふにやあるらむ

「色の浜」と言えば良いのであろうか、という、わずかに疑問符の
ついた言葉です。
西行歌では「いふにやあるらむ」歌は4首あります。

01 山おろしに鹿の音たぐふ夕暮を物がなしとはいふにやあるらむ
         (岩波文庫山家集69P秋歌・新潮433番)

02 浪にしく紅葉の色をあらふゆゑに錦の嶋といふにやあるらむ
       (岩波文庫山家集126P羇旅歌・新潮1441番・
             西行上人集追而加書・夫木抄)

03 長月のあまりにつらき心にていむとは人のいふにやあるらむ
        (岩波文庫山家集145P恋歌・新潮613番)

(01番歌の解釈)

「潮の色まで染めるほどの真っ赤な貝を拾うことができるから、
ここを色の浜と言うのであろうか。」 
                (和歌文学大系21から抜粋)

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02 花すすき月の光にまがはまし深きますほの色にそめずば
       (岩波文庫山家集74P秋歌・新潮386番・夫木抄)

○花すすき

(薄・すすき)はイネ科の多年草。山野に自生し、高さは1〜2メートル。
葉は線形。秋の七草の一つです。

秋になると茎の先に20センチから30センチ程度の花穂をつけます。
この穂が出た状態を「花薄」「尾花」と言います。
薄は、その穂が風に盛んに揺れなびいている様子から人を招いて
いるように見立てて詠まれた歌が多くあります。

「幽霊の正体見たり枯れ尾花」という成語もあります。
           
○ますほの色

赤い色。丹の色をいいます。
この歌では「真麻穂」として麻の赤い穂から来た言葉のようです。

 花薄まそほの糸をくりかけて絶えずも人を招きつるかな
                  (源俊頼 散木奇歌集)

上の歌の「まそほ」も「ますを・ますほ」と同義です。

(02番歌の解釈)

「薄の穂は白銀の月光の中に紛れて見分けられなかっただろう。
深紅に色を染めなかったならば。」
                 (和歌文学大系21から抜粋)

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       ◆ ませ ◆

【ませ】

(ませ)は(ませ垣)や(籬=まがき)と同義で垣根のこと。
(籬=まがき)については334号・335号を参照願います。

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01 ませなくば何をしるしに思はまし月もまがよふ白菊の花
          (岩波文庫山家集86P秋歌・新潮469番)

○思はまし

「思は+まし」で 「思ふ」の未然形+推量の助動詞「まし」
の終止形が接続した言葉。反実仮想の意味があります。
「おもうだろう」というほどの意味です。

○月もまがよふ

(紛よふ)。自動詞ハ行四段活用。
入り混じったり似通ったりしていて見分けがつかないこと。
            (大修館書店「古語林」から抜粋)

(01番歌の解釈)

「ませ垣がなかったら、月の光に照らされて輝く白菊の花を、月光と
区別することもできなかったであろうに(ませ垣によって白菊の花と
知ることもできたよ)。」
           (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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02 ませにさく花にむつれて飛ぶ蝶の羨しきもはかなかりけり
          (岩波文庫山家集24P春歌・新潮1026番)

○ませにさく

花とは桜の代名詞ですが、あるいはここにある花は桜と解釈する
必用もなく、他の花であっても良いのかもしれません。
それとは別に、写実的な実景としての歌ではなくて、蝶を自身と
同一化させた上で諦観に満ちた観想の世界を詠った少し自虐的な
歌であるという解釈も成り立ちます。

○花にむつれて

普通は「花」とは桜を指します。
ともあれ、花と戯れるように蝶が飛び回っている光景を言います。

垣根用に桜の木を使っているというのも頷けない気がしますが、
垣根にある低い桜の木に花が開いたということでしょう。
(ませ)を敷地の境界として解釈すれば、境界近くにある桜の木は
高木であっても不自然さはないようにも思います。

(02番歌の解釈)

「籬に桜の花が咲き、花に戯れるように蝶が飛ぶ。羨ましいと
思ったりしたが、同時にむなしく感じてしまう。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

「結句は花への愛着が六道輪廻を繰り返さざるをえない
(自分を含めた)生き方に対していう。」
            (和歌文学大系21の補注から抜粋)

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      撫子のませに、瓜のつるのはひかかりたりけるに、
      小さき瓜どものなりたりけるを見て、
      人の歌よめと申せば

03 撫子のませにぞはへるあこだ瓜おなじつらなる名を慕ひつつ
     (岩波文庫山家集52P夏歌・新潮欠番・西行上人集)

○撫子
    
秋の七草の一つ。夏から秋に淡紅色の可憐な花をつけます。
秋の七草とは「萩・葛・薄(尾花)・撫子・女郎花・藤袴・朝顔」の
七種を言います。女郎花・藤袴・朝顔の代わりに、木槿・桔梗・
昼顔とする説もあります。

○撫子のませ

(ませ)は垣根のこと。ませ垣とも言います。ここでは撫子を垣根
代わりにしているということとも解釈できますが、単純に垣根に
撫子の花があって、それに、あこだ瓜の蔓が絡んでいたことを
言っているものでしょう。

○あこだ瓜

ウリ科の植物。セイヨウカボチャの一種。実は小さく丸く赤くて、
装飾用に使われたようです。

○おなじつらなる

あこだ瓜の吾子と撫子の言葉の類似性、内包する意味の近似性から
「同じ連なる」としたもの。垣根に撫子とあこだ瓜が一緒に生えて
いることをもあわせています。

(49番歌の解釈) 

「なでしこの咲くまがきにあこだ瓜の蔓が這いかかっているよ。
 同じく「子」という名を持っているなでしこを慕って。」
               (和歌文学大系21から抜粋)

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  (後記)

京都の桜も終わってしまいました。あっという間の10日間ほどでした。
桜の頃はたいてい天候不順なのですが、今年はことにひどく感じました。
記録を見ると桜の最盛期の一週間ほど連続で青空が見えませんでした。
雨の日も多く、桜を十分に楽しめなかったという自覚があります。
桜が散るまでは天候と競争めいた気もしましたが、今年は完敗。仕方が
ありません。鬼が笑いますが来年を期します。

江戸期の著名な国学者の一人に本居宣長がいます。
下は彼の詠んだ歌
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