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西行辞典

件名: 西行辞典 第349号(170525)
2017/05/25
く修行することありけるに、菩提院の前の斎宮に
     まゐりたりけるに、人々別の歌つかうまつりけるに

01 さりともと猶あふことを頼むかな死出の山路をこえぬ別は
     (西行歌)(岩波文庫山家集106P離別歌・新潮1142番・
             西行上人集・新古今集・西行物語)

○遠く修行

遠くとはどこであるか不明です。初めの奥州行脚を指すものと
みられています。この時代にあって「修行」という言葉は「旅」と
ほぼ同義であったようです。

○菩提院の前の斎宮

岩波文庫山家集では抄物書きの「サ」を二つ縦に重ねたような合字
表記です。仁和寺の菩提院と断定できます。

斎宮はミスであり、正しくは「斎院」です。前述の「まつり・祭り」
の03番歌の「斎院」を参照願います。

○歌つかうまつりける

「歌仕う奉りける」で歌を詠んで差し上げたこと。

○さりともと

古語。「さ、ありとも」の約。しかしながら・それにしても・
それでも・そうであっても・・・などの意味。

○死出の山路

人の死後にたどるという山のこと。

(01番歌の解釈)

「遠い修行の旅に出かけるので、むずかしいとは思われますが、
それでもやはり再会を期待することです。死出の山路を越える
別れではないから。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

「抄物書きについて」

岩波文庫106ページにカタカナの「サ」を下に二文字重ねたような
文字があります。これは「抄物書き」といい、合字です。読みは
「ササ菩薩」と言われます。仏教関係の書籍では菩薩などという
言葉は頻繁に出てくる言葉なのですが、仏典などを書写する人は
何度も書き写す文字を略して記述するようになりました。それが
「抄物書き」です。
ところが「菩薩院」では明らかに変な名詞と思います。他の多くの
資料では当該箇所は「菩提院」となっています。
仁和寺には実際に「菩提院」という支院がありました。

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      忠盛の八條の泉にて、高野の人々佛かきたてまつる
      ことの侍りけるにまかりて、月あかかりけるに池に
      蛙の鳴きけるをききて

02 さ夜ふけて月にかはづの聲きけばみぎはもすずし池のうきくさ
              (岩波文庫山家集270P残集31番)

○忠盛

平忠盛のこと。1096年〜1153年の在世。58歳で没。
伊勢平氏の平正盛の嫡男。母の名は不明。子供に清盛、経盛、頼盛、
忠度などがいます。
13歳から官職につき順調に位階を上げています。京の治安や瀬戸内海
の海賊追捕などに功績をあげていて、白河院や鳥羽院の信頼も厚かった
ということです。最終官位は正四位上でした。
各国の受領を歴任し、かつ、宋との貿易にも関わっていて巨万の富を
蓄えた人物でもあり、それはそのまま清盛に受け継がれましたから、
平氏全盛のもとを築いたともいえます。公卿を目前にして没しています。

歌人としても精力的に活動していて、金葉集初出歌人であり家集に
「平忠盛集」があります。崇徳院の久安百首にも参加しています。

  ゆく人もあまのとわたる心ちして雲の波路に月を見るかな
             (平忠盛朝臣 詞花和歌集297番)

○八條の泉

京都の八条にあった忠盛の屋敷の泉のこと。
忠盛邸は現在の梅小路公園の一筋北側にあったようです。
京都駅の少し西北に位置します。

○高野の人々佛かきたて

高野山の僧侶たちが忠盛邸で仏像を描いたということです。
何年のことかは不明です。
1149年、落雷のため焼亡した高野山の根本大塔再建を平忠盛が担当
していたので、その関係で高野山の人々が忠盛邸に来たものでしょう。
尚、忠盛から清盛に引き継がれた大塔再建事業は忠盛没後の1156年4月
に完成しています。この年、7月には鳥羽院没。すぐに保元の乱が
起こりました。

○さ夜

夜のことで「さ」は接頭語。

(02番歌の解釈) 

「さ夜ふけて、夏の月の光の下、池に鳴く蛙の声を聞くと、その声は
もとより汀も涼しい。池の面には浮草も漂っていて。」
                 (和歌文学大系21から抜粋)

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      御返りごとたてまつりけり

03 つよくひく綱手と見せよもがみ川その稲舟のいかりをさめて
   (西行の返歌)(岩波文庫山家集183P春歌・新潮1164番・
             西行上人集・山家心中集・夫木抄)

      かく申したりければ、ゆるし給ひてけり

この歌の前に崇徳院の下の歌があります。共に記述します。

      ゆかりありける人の、新院の勘当なりけるをゆるし
      給ふべきよし申し入れたりける御返事に

  最上川つなでひくともいな舟のしばしがほどはいかりおろさむ
    (崇徳院歌)(岩波文庫山家集183P春歌・新潮1163番・
             西行上人集・山家心中集・夫木抄)

○御返りごとたてまつりけり

崇徳院から返歌として1163番歌をいただいたということ。

○もがみ川・最上川

山形県中部を貫流する河で長さは229キロ。山形、福島県境の
吾妻山を源流として酒田市で日本海に注いでいます。日本有数の
急流です。後年、この河を行き来する船頭たちの「最上川舟歌」
が流行したそうです。

○いな舟・稲舟

稲を運ぶ舟のことです。
(否=いな)は否定を表す言葉ですが、稲と否は発音が同じこと
から(否=稲)として、掛けている詠み方もされます。
「最上川を運行する舟がへさきを左右に振りながら進むゆえに、
「否舟」というとする説もあったが、「いなぶねの」は「否」
を導き出すための同音反復の序詞であり、実体は稲を運ぶ舟と
見るのが自然である。」
   (片桐洋一氏著「歌枕歌ことば辞典増訂版」から抜粋)

○いかりおろさむ 

(いかり)は舟に用いる錨と、人の感情の怒りを掛けている言葉
です。
(おろさむ)は(くらさむ)(あかさむ)(あらはさむ)などの
(む)の付く用法と同じで、(おろす)の活用形に助動詞(む) 
が付いた形です。
(おろそう)という意味になります。下ろす、沈めるということ
ですが、鎮める、納めるという意味にはならず、怒りを引き上げる
ことなくそのまま持ち続けようということになります。ちょっと
分かりにくい表現です。
新潮版には(いかりおろさん)とありますが、異同の(む)と
(ん)は同義です。
ところが西行歌では「いかりおさめて」となっていて、船の錨よりも
人の感情としての「怒り」としてのニュアンスが強くなっています。

○ゆかりありける人

誰であるのか具体的な個人名は不明です。西行との共通の知人が
崇徳上皇の怒りを買っていたということがあったものと思います。
一説に藤原俊成説があるようです。

○勘当

「当」は古字の「當」です。現在は「当」の文字を使います。
江戸時代以降は親が子と絶縁する意味で使われますが、ここでは
「勘に障っている」という怒りの大きさを表しています。

○つなでひく

(綱手引く)の意味です。稲舟を引く綱のことですが、実際には
崇徳院も西行も稲舟の綱を引くわけではありませんから、ここ
では崇徳院の指導力なり徳の力なりを表すための言葉として用い
られています。

(03番歌の解釈)

「最上川の稲舟の碇を上げるごとく、「否」と仰せの院のお怒り
をおおさめ下さいまして、稲舟を強く引く綱手をご覧下さい(私
の切なるお願いをおきき届け下さい。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)
  
この二首は崇徳院と西行の贈答歌です。崇徳院はある人に対しての
怒りを持っていましたが、西行は、その怒りを崇徳院の高徳を見せて
納めて欲しいという願いを伝えていました。
西行のその願いに歌で返したのが1163番歌です。結果として崇徳院は
西行の思いを受け入れていることが歌の内容からわかります。
 
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  (後記)

今号記載の「まつり・祭り」の01番歌にある北祭り(葵祭)を少し
見てきました。5月15日、まだそれほど暑くは無かったのですが、
祭りの初めから最後までお付き合いするのは体調的にも無理なので、
下鴨神社での「社頭の儀」のみを見物しました。
西行の時代とは多少は様式が違うはずですが、古式ゆかしいことに
違いはありません。加茂社の祭礼として始まったこの祭りも歴史が
古く、いつまでも大事にしてほしい祭りの一つです。

先月からこのマガジンの発行が遅れがちです。遅れを取り戻すように、
今後はできるだけ早く発行したいとは思っています。
頑張りたいものですが7月には眼の手術も控えていて、思うに任せない
状態になるものと予想します。
他にやっていることごとを犠牲にしてでも、なんとか良い方向にと
考えます。

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◎ 「西行辞典」第349号 2017年05月25日発行

◎ 発行責任者 阿部 和雄
   http://sanka11.sakura.ne.jp/

◎ 発行システム インターネットの本屋さん「まぐまぐ」を
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