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西行辞典

件名: 西行辞典 第355号(171009)
2017/10/09

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    奈良の法雲院のこうよ法眼の許にて、立春をよみける

04 三笠山春をおとにて知らせけりこほりをたたくうぐひすの瀧
      (岩波文庫山家集262P残集01番、15P春歌・夫木抄) 

○法雲院

平安時代にあった興福寺の僧坊の一つです。現在の奈良国立博物館
の西側に位置していたようです。1469年からの文明年間に記された
書物にも法雲院の名があるとのことです。

○こうよ法眼

公誉法眼。1125年生、没年不詳。
藤原公実の子で藤原実能や待賢門院璋子の兄に当たる藤原通季の
子とありますが確認が取れません。通季が1128年に39歳で没して
いますから、わずか3歳で父の通季と死別していることになります。
公誉法眼が1125年生だとしたら、西行のほうが年上です。

○三笠山

奈良県奈良市の東方にある山。高円山と若草山の間にある春日山
を指します。古名は「御蓋山」です。春日大社の後方にあります。
ただし、若草山も通称として「三笠山」と言います。
安倍仲麿の歌にある「三笠山」は本来の「御蓋山」のことで、
「若草山」のことではないようです。

 天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも
         (安倍仲麿 百人一首第7番・古今集406番)

○うぐひすの瀧

奈良県奈良市の春日山「御蓋山」山中にある小さな滝の名称です。
私は先月にも行ってきました。平日のためか一人も見かけません
でした。

(04番歌の解釈)

「三笠山では春の訪れを音で知らせたよ。それは今まで張りつめ
ていた氷を叩く、(鶯の声を思わせる)鶯の滝の水の音。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       ◆ みかさ ◆

【みかさ】

(み)は(み吉野)(み山)などのように接頭語かとも思わせ
ます。しかし「嵩」に(み)の使用はないでしょう。
ここでは、水嵩のことを(みかさ)と読みます。水量のこと。
(みかさ)の用例は以下の二首のみです。

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01 ひろせ河わたりの沖のみをつくしみかさそふらし五月雨のころ
          (岩波文庫山家集49P夏歌・新潮217番・
              西行上人集追而加書・夫木抄) 

新潮版では「みをつくし」は「みをじるし」となっています。

 広瀬河 渡りの沖の みをじるし 水嵩ぞ深き 五月雨のころ
              (新潮日本古典集成山家集217番)

○ひろせ河

川幅の広い川です。瀬も比較的浅くて水はゆったりと流れている
光景が想像できます。
「ひろせ河」は普通名詞のはずですが、固有名詞とするなら奈良県
北葛城郡河合町の各河川の合流するあたりを指すようです。
宮城県にも広瀬川があります。

○わたりの沖

「わたり」は「行くこと・来ること」の渡ることですが、往来する
こと以外に、渡し場・船着き場・海峡などの意味も持ちます。

○みをつくし

水路の串である「澪の串」が原意。
難波の港などでは浅瀬が多くて船の航行にも難渋するので、安全な
航路を示すために海中に串を立て、それを目印としました。
それが「みをつくし」です。
歌では「みをつくし」に「身を尽くす」という意味を載せて詠ま
れている歌が多くあります。

 わびぬれば今はた同じ難波なるみをつくしても逢はむとぞ思う
               (元良親王 百人一首20番)

○みかさそふらし

浅瀬である広瀬川にも五月雨のために水量が増して、澪標にも
水嵩が高くなっていることが分かるということ。
「そふらし」の「そふ」は増えるという意味があります。

(01番歌の解釈)

「五月雨の頃の広瀬川では、渡し場から遠い川の真中にある澪標を
見ると、いよいよ水かさのましたことが知られるよ。」
             (新潮日本古典集成山家集より抜粋)

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02 空晴れて沼のみかさをおとさずばあやめもふかぬ五月なるべし
             (岩波文庫山家集48P夏歌・夫木抄)

○みかさをおとさずば

水量を減らすこと。人為的にではなく自然に減ることを言います。

○あやめもふかぬ

五月五日の菖蒲の節句の時に、軒を菖蒲で飾る風習があります。
その時に五月雨のために水嵩が増えて菖蒲を採集できないために
菖蒲が手に入らず軒に吹くこともできないという意味。
五月五日といえばそろそろ五月雨(梅雨)の季節です。
軒に葺いた菖蒲は五日が過ぎれば取り外したものではなくて、ある
程度長く葺いたままにしていたものでしょう。

(02番歌の解釈)

「梅雨空が晴れて沼の水位を下げないと、菖蒲を沼の中に眺める
だけで、軒には葺かない五月を送ることになりそうだ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       ◆ みかさねの瀧 ◆

【みかさねの瀧】

奈良県の大峰山の75靡きのうちの第28番靡きにある瀧です。
奈良県吉野郡下北山村前鬼にあります。
この靡きの番号は熊野本宮大社から始まり、75番の吉野川の「柳の
渡し」で終わります。
このルートでたどる奥駆けを「順峯」、吉野から熊野本宮大社に
向けてたどる奥駆けを「逆峯」と言います。順峯は聖護院(本山派)、
逆峯は醍醐寺三宝院(当山派)が主導するルートです。

靡(なび)きとは大峰奥駆道修行者の修行所を指しています。現在は
熊野側から数えて終点の吉野までに75か所の靡きがありますが、
西行の時代は何か所の靡きがあったのか判然としないようです。
      (山と渓谷社刊「吉野・大峰の古道を歩く」を参考)

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     三重の瀧をがみけるに、ことに尊く覚えて、
     三業の罪もすすがるる心地してければ

01 身につもることばの罪もあらはれて心すみぬるみかさねの瀧
        (岩波文庫山家集123P羇旅歌・新潮1118番・
         西行上人集追而加書・夫木抄・西行物語)

○三業の罪

「身業、口業、意業の総称。種々の善悪果報のもとになる、
からだ、ことば、心の行為」
             (大修館書店「古語林」から抜粋)
○瀧をがみけるに

「瀧、拝みけるに」のこと。

○ことばの罪

口から際限もなく発せられる言葉自体の持つ罪のこと。
ことに、言葉をたくみに飾り立てて和歌を詠む行為を指していると
解釈できます。

(01番歌の解釈)

「身に積もった罪も、和歌を詠む罪も滝行によって顕現し、洗い
流された。三重の滝を拝むと心の罪までも濯がれるようだ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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  (後記)

10月の初旬も過ぎようとしています。旧暦では八月の半ばを過ぎて
います。中秋も残りわずか。すぐに晩秋です。

私もあと一か月ほどで古稀。はるばると来たものです。
世情は首相の必然のない恣意的な解散で、もうすぐ選挙。新聞紙上
でもかまびすしいほどに話題となってはいます。
ところが私に限れば以前ほどに関心を持たなくなってしまいました。
広く関心を持ち続けることが若さを保つ秘訣の一つなのだろうとは
思いつつも、どうしたことか政治に限らず関心の持ちようが異質の
ものにと変化しているようにも思います。
これは私がたどり、そしてたどりつつあるガン手術とその後遺症が
無関係ではないようにも思います。ともあれ変化は変化として受け
入れつつ、思惟的な時間は持ち続けたいものです。

明日は3か月ぶりに比叡山に登ってきます。過ぎ行く今年の秋を私
なりに楽しめればと思います。まだ行ってはいない西行史跡にも
できればこの秋に行きたいものだと思案しています。

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◎ 「西行辞典」第355号 2017年10月09日発行

◎ 発行責任者 阿部 和雄
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◎ 発行システム インターネットの本屋さん「まぐまぐ」を
 利用させていただいています。
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