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西行辞典

件名: 西行辞典 第357号(171111)
2017/11/11
島」の
掛詞のようでもありますが、掛詞である理由がわかりません。
         
○むらまけ

語意不明。群れている様を指すのでしょうか。群れがすばやく
散る様を指すのでしょうか。198Pに以下の歌があります。

 宇治川の早瀬おちまふれふ船のかづきにちかふこひのむらまけ
      (岩波文庫山家集198P雑歌・新潮1391番・夫木抄)

(03番歌の解釈)

「余呉の湖の三島に引く網の目にもかからない味鴨の群れのように、
あなたを見た間に私はあなたの目にかかることもない。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       ◆ 見し世・みしよ 01 ◆

【見し世・みしよ】

過去に見て、なじんでいた時代。昔の頃のこと。

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01 きしかたの見しよの夢にかはらねば今もうつつの心地やはする
          (岩波文庫山家集192P雑歌・新潮761番)

○きしかた

これまで過ごしてきた人生。過去のこと。

○うつつ

現実・正気のこと。

○やはする

「やは」は係助詞で、この場合は反語表現となります。
「いや・・・しない」ということになり、うつつとは思えないと
いう意味です。

(01番歌の解釈)

「今まで過ぎて来た年月が、寝た間に見たはかない夢にかわらな
いので、現在もうつつの心地がしょうか、夢の続きのように
思われることだ。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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02 ふるさとは見し世にもなくあせにけりいづち昔の人ゆきにけむ
          (岩波文庫山家集195P雑歌・新潮1030番・
                西行上人集・山家心中集)

○ふるさと

本来の意味は、自分が生まれ育った家のある土地・集落を言います。

そこから転じて、和歌では多様性を持った言葉として使われています。
生まれた土地、家、出身地ということだけにとどまらず、自分が
過去に関わりを持って、なじんでいた場所、更には平城京や平安京
などの旧の都を「ふるさと」と詠まれてもいます。

「荒廃の語感を持ち、当時人々に愛用された語」と新潮古典集成
山家集にはあります。
「ふるさと」という言葉に通底するものは、古くなって寂れて
しまった地や物事、あるいは大切にしたい思い出などを時が経って
振り返り見た時に感じる、もの悲しく哀切な感情を込めた言葉
だということです。

○あせにけり

褪せること。新鮮さがなくなったこと。寂れてしまった状況。

○いづち

どちらの方角、どちらの方向・・・という意味です。
方角における不定称で副詞的に用いられ、(いづく)よりも
漠然と方角を指します。
               (岩波古語辞典を参考)

(02番歌の解釈)

「昔住んでいた所は、以前とは似ても似つかず変わって荒れはてて
しまった。かつてともに住んでいたあの人はどこへ行ってしまった
ことだろう。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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03 昔おもふにはにうき木をつみおきて見し世にも似ぬ年の暮かな
        (岩波文庫山家集聞書集100番・西行上人集・ 
         宮河歌合・新古今集・玄玉集・西行物語) 

○うき木

ここでは正月用の薪とするために、年末に拾い集めてきた木片と解釈
できます。在俗の頃は年越し用のためにたくさんの薪を用意しておく
風習があったものでしょう。
必ずしも水に浮かんでいる木片を拾い集めたわけではなくて、仏教
的な関連で「うき木」としたものです。

1 水の上に浮かんでいる木片
2 船。筏。
3 マンボウの別名

「盲亀(もうき)の浮木(ふぼく)」

《大海中に住み百年に一度水面に出てくる目の見えない亀が、よう
やく浮木に遭いその穴に入るという「涅槃経」などにある話から》
めったに会えないこと。また、仏法に出会うことが困難である
ことのたとえ。
                 (デジタル大辞泉から抜粋)

(03番歌の解釈)

「昔を思う草庵の庭に年越しのため拾い集めた浮木を積んておいて、
かつて過ごした時に似もしない年の暮れだな。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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     北まつりの頃、賀茂に参りたりけるに、折うれしくて
     待たるる程に、使まゐりたり。はし殿につきてへいふし
     をがまるるまではさることにて、舞人のけしきふるまひ、
     見し世のことともおぼえず、あづま遊にことうつ、
     陪従もなかりけり。さこそ末の世ならめ、神いかに
     見給ふらむと、恥しきここちしてよみ侍りける

04 神の代もかはりにけりと見ゆるかな其ことわざのあらずなるにて
         (岩波文庫山家集224P神祇歌・新潮1221番)

○北まつり

岩清水八幡宮の南祭に対して、賀茂社の祭りを北祭りといいます。
ともに朝廷が主催する官祭でした。
 
○使いまゐり

天皇の勅使が来着したこと。

○はし殿

賀茂両社に橋殿はあります。この詞書ではどちらの神社か特定
できません。
 
○へいふし

新潮版では「つい伏し」となっています。
膝をついて平伏している状態を指すようです。

○東遊び

神楽舞の演目の一つです。現在も各所で演じられています。
 
○ことうつ陪従

(陪従)は付き従う人と言う意味ですが。その陪従が神楽舞で
琴を打つということです。
しかしこの時には勅使に付き従ってくる琴の奏者である陪従も
いなかったということになります。

(04番歌の解釈)

「賀茂祭の頃に賀茂社に参詣したのですが、具合良く、少し待った
だけで朝廷からの奉幣の勅使が到着しました。勅使が橋殿に着いて
平伏して拝礼されるところまでは、昔ながらのしきたりのままでした。
ところが東遊びの神楽舞を舞っている舞人の舞い方は昔に見た
ものと同じ舞とは思えないほどにお粗末で、舞に合わせて琴を打つ
人さえいません。これはどうしたことでしょう。いくら末法の時代
とはいえ、この事実を神はどのように御覧になっていることだろう。
まったく、恥ずかしい気がします。」

「人の世のみならず、神の代もすっかり変わってしまったと見える
ことだ。琴の陪従もいなくなり、祭のことわざ、舞人の振舞も昔の
ようではなくなったことにつけても」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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  (後記)

 千鳥なく絵嶋の浦にすむ月を波にうつして見る今宵かな
        「岩波文庫山家集95P冬歌・新潮版553番・
             西行上人集追而加書・夫木抄」

11月2日、思い立って淡路島北端にある絵島に行ってきました。
神戸からはバス、明石からはフェリーで行くことができますが、
今回は明石港から明石海峡を渡って「岩屋」で下船。岩屋港の
すぐそばに絵島があります。
事前に検索して知っていましたが、絵島は一周してもものの数分で
回れる小島です。砂岩でできている島なので浸食が激しく、島の相は
奇観とも言えます。特色のある島であることに違いありません。

昨日の10日は博物館で開催中の「国宝」展に行ってきました。
お目当ての「一品経和歌懐紙」は今回は展示されていなくて、見る
ことができませんでした。西行自筆の懐紙は以前にも確かに見た
記憶があるのですが、もうはるかな昔のことで定かには覚えていま
せん。志賀島から出土した有名すぎる「金印」、源頼朝像、平家納経、
御堂関白記なども展示されていて、それなりに興味もあったのですが、
多くの拝観者の人いきれで疲れてしまいました。結局すべてを見て
回ることは断念して、出てしまいました。

さて、いよいよ紅葉シーズン突入です。今年もできるだけ多くの、
秋の形見の紅葉に酔いたいものです。

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◎ 「西行辞典」第357号 2017年11月11日発行

◎ 発行責任者 阿部 和雄
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◎ 発行システム インターネットの本屋さん「まぐまぐ」を
 利用させていただいています。
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