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西行辞典

件名: 西行辞典 第368号(180407)
2018/04/07
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【未紹介歌】

01 入りぬとや東に人はをしむらむ都に出づる山の端の月
(岩波文庫山家集79P秋歌・新潮337番・西行上人集・山家心中集)

○入りぬとや

月が西の山に入ったこと。

○東に人は

東国に住んでいて、沈んでいく月を見て、惜しむ感情のこと。
東国に住んでいる特定の誰かを想定しての歌ではないようです。

○都に出づる

月の周期などには疎くて、実際に東国では月が西に沈んで、都では
東の山の端に見えるということはあるものでしょうか?
山の高さや特定の地域の地形などが関係して、ありそうな気もします。

(01番歌の解釈)

「西の山の端へ入ってしまったことと、東国では惜しんでいるだろう
なあ。都では東の山の端から上ったばかりの月であるが。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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02 きこえつる都へだつる山さへにはては霞にきえにけるかな
         (岩波文庫山家集109P羇旅歌・新潮1100番)

新潮版では下のようになっています。「きこえつる」→「越え来つる」、
「きえにける」→「消えぬめる」の異同があります。 

 越え来つる都隔つる山さへにはては霞に消えぬめるかな(新潮版)

○きこえつる

一般的な概念として、たとえば逢坂山が都と東国を隔てるという
ことが、誰にも共通認識としてあったということ。
誰にも知れ渡っていることを言います。
この歌の場合は西国の旅の時の歌ですから、なおさら単体の山では
ないだろうと思います。

○都へだつる山

東国と隔てる逢坂山のように単体の山を言うのではなくて、多くの
山を言うものと思います。

○霞にきえにける

「霞とともに春が来る」と言うように、この歌は春の旅立ちの歌と
解釈できます。

(02番歌の解釈)

「越えて来た多くの山に、都は遠く隔てられてしまったが、その山
さえもがついに霞に隔てられ見えなくなってしまったようだなあ。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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03 わたの原はるかに波を隔てきて都に出でし月をみるかな
        (岩波文庫山家集109P羇旅歌・新潮1101番・
          西行上人集追而加書・千載集・月詣集)

○わたの原

海原のこと、広々とした大海のことです。「わた」は海を表す古語です。

 わたの原八十島かけて漕ぎ出でぬと人には告げよ海人の釣舟
                (古今集・百人一首 小野篁)

○はるかに波を隔て

旅が長く続いていることが「はるかに波を隔て」でわかります。
前歌では都を隔てるのは山でしたが、この歌では「波を隔て」で、
海と山の対称性、及び主体と客体の違いが表わされています。

この歌の歌番号は02番歌の次にあります。従って同じ旅の時の歌と
解釈して差し支えないかと思います。

そして、この歌の次に下の歌があります。

 わたの原波にも月はかくれけり都の山を何いとひけむ
    (岩波文庫山家集109P秋歌・新潮1102番・西行上人集・
              山家心中集・宮河歌合・玉葉集)

(03番歌の解釈)

「海路遥かに都を隔てて船中の人となる。波の向こうに都で見たと
同じ月を見て、郷愁を覚えた。」
               (和歌文学体系21から抜粋)

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04 月の色に心をふかくそめましや都を出でぬ我が身なりせば
      (岩波文庫山家集84P秋歌・新潮欠番・宮河歌合・
                   新古今集・西行物語)

○月の色

仏教用語に「真如の月」という言葉があるほど、仏教と月は関係の
深いものです。
月の明るい光が闇夜をあまねく明るく照らすように、仏教の持つ永久
不変の真理は人々の迷いを薄め、取り除くと言われます。仏道者の
信仰に根ざした生活が、やがては月の光のように人々を迷いの世界
から導き出せるのでしょうし、それは仏道者自身が「月の色に心が
染まった」ということになるのでしょう。

○出でぬ

「ぬ」は私には非常にまぎらわしい助動詞です。この場合も完了の
助動詞か打消しの助動詞かが判然としません。
ここでは「出づ」の未然形の「出で」に、打消の助動詞が接続した
形だとも思います。意味は「出なかった」ことです。
「出でぬ」は山家集中6首あり、他の5首は出たことを言います。

(04番歌の解釈)

「このように、月の色を心に深くそめようか、そめることはできな
かったであろう。もしも都を離れないわが身であったならば。
都を離れたからこそ、このように深く月の色を心にそめることが
できたのだ。」
         (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋)

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05 花もちり人も都へ帰りなば山さびしくやならむとすらむ
(岩波文庫山家集33P春歌・新潮157番・西行上人集・山家心中集)

○都へ帰り

平安時代も吉野山は桜の名所でしたし、歌にある山は「吉野山」と
解釈できます。「都へ帰り」で、桜見物に吉野山と京都を往復して
いたことになります。
現在でこそ数時間で行くことができますが、当時であれば途中に
一泊したものでしょう。数日間を要する大変な花見をしていたこと
になります。エネルギッシュでもあり、良い言い方ではないのですが、
かなり物好きな人たちが花見に行っていたようにも思います。

○山寂しく

「花歌15首よみけるに」とある歌群中の最後にある歌です。
前歌によって「山」は吉野山と解釈できます。
吉野山は現在においても同様に、桜の季節は大変に賑わいます。

(05番歌の解釈)

「山の桜も散り、花を見に来た人も都へ帰ったならば、山は
再び寂しくなることであろう。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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     美濃の国にて

06 郭公都へゆかばことづてむ越えくらしたる山のあはれを
  (岩波文庫山家集47P夏歌・西行上人集追而加書・西行物語)

○郭公

ホトトギスと読みます。夏歌に詠まれる鳥です。

○山のあはれを

一人での旅路の渦中にある寂寥や、不便さみたいなことを込めている
言葉です。
漂泊の歌人らしい西行の旅の歌でもありますが、この歌は西行上人集
追而加書と西行物語にしかなく、西行詠とは信用できないようです。

(06番歌の解釈)

「ほととぎすよ、わたしより先に都へ行くなら伝言を頼みたい。お前
より山を越えるのがおそくなったわたしの旅の悲しみを伝えて−ー」
             (桑原博史「西行物語」から抜粋)

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07 都うとくなりにけりとも見ゆるかなむぐらしげれる道のけしきに
             (岩波文庫山家集239P聞書集96番)

○都うとく

今は都に住んでいるわけではないので、都の事については知る機会も
乏しく、都に関しての意識も薄れている実状を言います。

○むぐらしげれる

アカネ科のヤエムグラ属の総称です。キクムグラ、ヤマムグラ、
ヨツバムグラ、ヤエムグラなど10種ほどありますが「ムグラ」
のみの名称はありません。総称しての「むぐら」です。
          (山と渓谷社刊「日本の野草」を参考)

歌では荒れ果てて寂しい光景の例えとして使われます。

(07番歌の解釈)

「都に疎遠になってしまったとも見えるなあ、葎が茂って
いる道の様子によって。」
               (和歌文学体系21から抜粋)

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08 わが心さこそ都にうとくならめ里のあまりにながゐしてけり
           (岩波文庫山家集282P補遺・宮河歌合)

○さこそ

(然こそ)と表記。本当に、そのように、さぞ、さだめて…などの
意味を持つ言葉。
「さこそ」のある歌は14首、詞書に一回使われています。

○うとくならめ

「ならめ」は助動詞「なり」の未然形に推量の助動詞「む」の已然形
が接続した言葉です。
「うとくならめ」で「うとくなるだろう」という意味です。

(08番歌の解釈)

「私の心は、ほんとにはなはだしく都からははなれてうとく
関係がうすくなることであろう。どうも山里にあまり長居
しすぎたようである。」
         (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋)

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  (後記)

 あくがるる心はさても山櫻ちりなむ後や身にかへるべき
     (岩波文庫山家集30P春歌・新潮67番・西行上人集・
                  山家心中集・新後撰集)

今年の桜の開花は異変とも思えるほどに早いものでした。3月22日の
開花宣言なんて京都では初めてのことかもしれません。いっせいにと
いう感じであちこちの桜が開花。咲き始めてから10日程度でもう
盛りを過ぎて落下盛ん。本日では近くの山桜も、早くも葉桜です。
私なりに京都市内のあちこちの桜を見たのですが、あっという間の
出来事で、何だか今では夢を見ていたような感覚です。
ともあれ今年の桜は終りました。また来年に楽しみたいものです。

今年の旧暦2月16日は4月1日。満開の桜でしたが、こんな西行忌の
年もあるものだと思いを新たにしました。
4月10日は終焉の地の弘川寺に行く予定です。西行法師の墓前に
桜を供えることは無理のはずですが、それでも今年の桜の思いを
強く抱えたままに、西行法師の墓前に額ずくことができるでしょう。

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