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西行辞典

件名: 西行辞典 第374号(180630)
2018/06/30

○大原

京都市左京区にある地名です。京都市の北東部に位置し、市街地
とは離れています。
 
「平安時代初期に慈覚大師円仁が天台声明の根本道場として、
魚山大原寺を開いて以来、比叡山を取り囲む天台仏教の中心地の
ひとつとなった。男女を問わずこの地に出家隠棲する人々は多く、
また比叡山の修行僧が遁世する地ともなった。」
          (三千院発行「三千院の名宝」から抜粋)

寂光院、三千院、来迎院、勝林院などの古刹があります。

(09番歌の解釈)

「葎が這いまつわり荒れ果てた門のあたりは、すっかり
木の葉に埋もれて、人もやってこない大原の里です。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

【寂然=じゃくぜん・じゃくねん】

俗名は「藤原頼業」。藤原為忠の子です。生没年は未詳。
左近将監、壱岐の守などを経て1155年頃までには出家。
西行とほぼ同年代だと思われます。1182年頃に没したとみられます。
1172年「広田社歌合」、1175年「右大臣家(兼実)歌合」、1178年
「別雷社歌合」に出席していますので、歌人としての活動は終生
続けていたのかもしれません。

西行とは最も親しい歌人と言えます。贈答の歌がたくさんあります。
兄の寂念(為業)・寂超(為経)とともに「大原三寂」や「常盤三寂」
と呼ばれます。出家順は寂超、寂然、寂念の順です。
1156年7月、保元の乱が起こり崇徳院は讃岐に配流になりました。
讃岐の崇徳院は1164年8月崩御。崇徳院がまだ在世中に寂然は讃岐の
崇徳院を訪れています。
家集に「寂然法師集」「唯心房集」「法文百首」があります。

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       ◆ むさし・武蔵 ◆

【むさし・武蔵】

平安時代の国名の一つ。

東京都の西の多摩川と東の荒川に挟まれた広大な地域を総称して
武蔵野といいます。
狭義には埼玉県川越市以南、東京都府中市辺りまでを指しています。
「武蔵野」は万葉集以後、たくさんの歌に詠まれています。
広大なものの例えとして「武蔵野」ともいうようです。

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      人々秋の歌十首よみけるに

01 玉にぬく露はこぼれてむさし野の草の葉むすぶ秋の初風
          (岩波文庫山家集61P秋歌・新潮296番・
                 山家心中集・新勅撰集) 

○人々秋の歌十首

この歌は、どこかの歌会に参加した時に題詠として詠まれたもので
あり、実際に武蔵野で詠んだものではないはずです。

○玉にぬく

難解な表現だと思います。「玉にぬく」は、草の葉に露の白玉が
幾つも連続して並んでいる様子を指しているようです。

○秋の初風

季節感がたっぷりと出ています。現在人はこの歌のようには季節を
感じることはできないだろうと思います。それはそのまま私たちが
自然そのものと向かい合う姿勢が希薄になったものとも言えそうです。

(01番歌の解釈)

「武蔵野に秋の初風が吹き初めて、玉を貫いたごとく連なって
いた露はこぼれ、草の葉は吹きよられて結んだようになって
いるよ。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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      下野武藏のさかひ川に、舟わたりをしけるに、
      霧深かりければ

02 霧ふかき古河のわたりのわたし守岸の船つき思ひさだめよ
   (岩波文庫山家集70P秋歌・新潮欠番・西行上人集・万代集) 

○下野

旧国名の一つであり、現在の栃木県。

○武蔵

武蔵の国とは現在の東京都と埼玉県及び神奈川県の一部を合わせた
広大な地域でした。武蔵の国の国府は東京都府中市にありました。

○さかひ川

場所と場所を隔てる境界となる川のことです。
この歌では利根川のことであり、詳しくは利根川の支流の
渡良瀬川の事だとみられます。

利根川は西行時代は荒川などと合流して江戸湾に流入していま
した。江戸期の大改修によって下総の銚子から太平洋に流れ込む
ように流路が変わりました。改修以降は下流では武蔵と下総の境、
上流では武蔵と下野及び下総の境となります。

○古河のわたり

「古河(こが)」は歌では(けふ)と読みます。
場所は現在の茨城県古河市のことと見られています。
古河市は下野の国ではなくて下総の国です。
だから「古河の渡り」は正確には下野と武蔵の境ではなくて、
下総と武蔵の国の境ということになります。
一字違いですし、書写した人のミスの可能性もあります。
とはいえ、「古河の渡り」のある利根川の上流は下野と武蔵の
境になりますから、詞書を必ず「下総武蔵のさかひ川」としな
ければならないほどのミスでもなかろうと思います。

(09番歌の解釈)

「霧が深く立ちこめる今日のこの渡りの渡し守よ。対岸の船着き
場に舟をうまく着けるよう決意しておくれ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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       ◆ 武者 01 ◆

【武者】

武者(むしゃ・むさ)と読みます。武者所(むしゃどころ)などと
用います。武芸を習得して軍事に携わった人たちのことです。
制度的な始原については諸説あり、はっきりとは分かりません。
明治時代初め頃まで続く武士と称した人々を言います。
ちなみに廃刀令は1876年(明治9年)3月に出されています。

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     世のなかに武者おこりて、西東北南いくさならぬところ
     なし。うちつづき人の死ぬる数、きくおびただし。まこと
     とも覚えぬ程なり。こは何事のあらそひぞや。あはれなる
     ことのさまかなと覚えて

01 死出の山越ゆるたえまはあらじかしなくなる人のかずつづきつつ
              (岩波文庫山家集255P聞書集225番)

○世のなかに武者おこりて

戦闘を専門とする人たちと解釈して良いでしょう。白河院の創設した
「北面の武士」なども武者とも言えそうですが、職掌をより軍事専門
にした人たちのことです。
この歌では源氏及び平氏に代表される武家集団を指します。

○いくさならぬところなし

1180年の以仁王と源頼政の挙兵から続き、壇ノ浦での平氏滅亡までの
源平争乱を指しています。1185年に平氏滅亡、1190年西行死亡。その
後も戦乱続きでした。

○死出の山

死亡した人が死後に辿ると言われている山路のこと。

○あらじかし

(あら)は(在り)の未然形。(じ)は助動詞で、打消しの推量と
して作用します。また、否定の意志を表します。
「在る・知る」などと結びついて、「在らじ」「知らじ」と変化して、
元の語を否定する形で用いられます。
(かし)は終助詞です。意味を強める作用があります。
「あらじかし」で「ないだろう……」という意味になります。

(01番歌の解釈)

「死出の山を越える死者の絶え間はあるまいよ。これほど
亡くなる人の数が続いては。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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     武者のかぎり群れて死出の山こゆらむ。山だちと申す
     おそれはあらじかしと、この世ならば頼もしくもや。
     宇治のいくさかとよ、馬いかだとかやにてわたりたり
     けりと聞こえしこと思ひいでられて
 
02 しづむなる死出の山がはみなぎりて馬筏もやかなはざるらむ
             (岩波文庫山家集255P聞書集226番)

○山だち

山賊(さんぞく)のこと。似たような言葉に「山賎「がつ)」が
ありますが、山賎は山辺に住んできこりなどを生業とする人たちの
ことを言います。
山賊は旅人などを襲って、無理矢理に物品や命を奪う人たちを
言います。

○宇治のいくさ

1180年5月の以仁王や源頼政軍と平家軍との戦闘のことです。宇治
川の橋合戦と言われます。
頼政や養子の源義仲の兄の仲家は平等院で自刃、以仁王は奈良に
落ち延びる途中で敗死しました。

○馬いかだ

馬を並べて組んで、それを筏のようにして、川を渡るという方法。

(02番歌の解釈)

「罪人が沈むという死出の山川は、沈む人が多いので水流が満ち
あふれて、馬筏でも渡ることができないだろうよ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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  (後記)

本日は6月尽。今日で一年のほぼ半分が過ぎてしまいました。早いと
言えば早いものです。6月晦日ですから夏越の大祓があります。
松尾大社にでも行って茅の輪をくぐって半年分の汚れを落とそうか
とも思いもしましたが、結局はどこにも行かずじまいでした。
夏越の祓も古代から続く神道関係の行事の一つという程度の認識しか
持ち合わせていません。
それにしても関西では梅雨も明けていないというのに、すでに夏を
越える儀式です。旧暦では6月晦日に夏が終わって7月になれば秋です。
そのことを新暦でも当てはめたために、これから本格的な夏到来
なのに秋の前日の儀式。感覚的には、はなはだしく合いませんね。

西行にも夏越の祓の歌があります。

     六月祓
 
 みそぎしてぬさとりながす河の瀬にやがて秋めく風ぞ凉しき
           (岩波文庫山家集55P夏歌・新潮253番)

 我がためにつらき心をみな月のてづからやがてはらへすてなむ
          (岩波文庫山家集164P恋歌・新潮1162番)
 
高齢になってその分だけ余計な汚れのようなものを澱のように堆積
させて淀んでいるのか、それとも高齢になったか
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