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西行辞典

件名: 西行辞典 第343号(170212)
2017/02/12
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      ◆◆◆◆  西行辞典  ◆◆◆◆
                        
                  vol・343(不定期発行)
                   2017年02月12日号

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          今号のことば    

        まかり・まかる 09

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       ◆ まかり・まかる 09 ◆

【まかり・まかる】

動詞「まかる」の連用形です。出る、行くという言葉の謙譲語・
丁寧語として使われます。

西行歌にはたくさんの「まかり」が使われています。ほぼ同じ行為を
表す「行く」「参る」「詣でる」「まかる」を使い分けているのは、
それなりの必然があったからでしょう。
西行本人の歌に対しての感覚や言語センスに基づきながら、人物や
事象との距離感がいくつかの言葉を使い分けた原因ではないかと
思います。
また、歌の韻律になじみにくいと思われる「まかる」の用法は、ほぼ
詞書に用いられています。それも西行の見識の一つでもあったのでは
ないでしょうか。

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      十月十二日、平泉にまかりつきたりけるに、雪ふり
      嵐はげしく、ことの外に荒れたりけり。いつしか衣川
      見まほしくてまかりむかひて見けり。河の岸につきて、
      衣川の城しまはしたる、ことがらやうかはりて、ものを
      見るここちしけり。汀氷りてとりわけさびしければ

50 とりわきて心もしみてさえぞ渡る衣川見にきたる今日しも
         (岩波文庫山家集131P羈旅歌・新潮1131番)

○十月十二日

この歌は始めての奥州行脚の時の歌だとほぼ断定できます。
京都を花の頃に旅立って、平泉に着いたのは10月12日。半年以上
を費やして平泉に行っています。何箇所かに逗留して、ゆっくりと
した旅程だったはずです。

○平泉と中尊寺

現在の岩手県西磐井郡平泉町のこと。清原(藤原)清衡が1100年
頃に岩手県江刺郡から平泉に本拠を移して建設された仏教都市。
清衡が建立した中尊寺の金色堂は1124年に完成した時のままで、
一度も焼失していません。奇跡的に残りました。
金色堂には清衡・基衡・秀衡の三代の遺体(ミイラ)があります。

○見まほしくて

「あらまほし」などと同様の用い方です。
「見」「まく」「ほし」が接合して、縮めて使われている言葉です。
「見」は見ること。「ま」は推量の助動詞「む」の未然形。「く」
は接尾語。「ほし」は欲しい、のことで形容詞。
(強く見たいと思って)というほどの意味です。
 
○衣川の城  

藤原氏の衣川の館のこと。もともとは奥州豪族の安倍氏の柵(城)
がありました。古くは「衣の関」でしたが、関跡に奥羽六郡の覇者
であった安倍氏が柵を築いていたものです。この柵は前九年の役で
源頼義と清原氏の連合軍が1062年に勝利してから清原氏(藤原氏)が
治めていました。
後に藤原秀衡のプレーンでもあり藤原泰衡の祖父でもあった藤原
基成の居住していた館だといわれます。

余談ですが、義経の衣川の館は最後に平泉に落ち延びて以後に
建てられた高館のことです。(義経記から)
ここが源義経の最後の地と言われます。現在は「高館義経堂」と
呼ばれています。小高い丘にあり、中尊寺からも衣川からも少し
離れています。
義経は1187年2月ころには平泉に着いていましたので、その頃に
建てられたものでしょう。当然に西行は京都に戻っていると
考えられますので、義経のこの館は見ていないはずです。

○しまはしたる

衣川の館は城構えのため、館の外側を垣などで囲んでいる設備や
その状態を指しています。

○ことがらようかはりて

「事柄、様変わりて」のことです。
この歌自体が初度の旅の時のものとみなされますので、再度の
旅の時に初度の旅のことを振り返って・・・という意味ではない
はずです。
事柄とは、自身で見たことはないけど、かねて聞き及んでいた
安倍氏の衣川の柵(衣川の城)の状況と対比させているものと
思われます。

○今日しも

「しも」は十月十二日という「今日」を特に強調する言葉です。

(50番歌の解釈)

「平泉に着いたその日、折りから雪降り嵐がはげしく吹いたので
あったが、早く衣川の城が見たくて出かけ、川の岸に着いて、
その城が立派に築かれているのを見、寒気のなかに立ちつくし
ながら詠んだ・・・(略)
衣川の城を見に来た今日は、とりわけ心もこごえて冴えわたった
ことだ、というのである。寒い冬の一日、はるばると来て、歌枕
であり、また、古戦場でもある衣川を初めて見た西行の感慨が
出ている歌である。」
             (安田章生氏著「西行」から抜粋)

「衣河を見に来た今日は今日とて、雪が降って格別寒い上、とり
わけ心にまでもしみて寒いことである。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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      あひ知りたりける人の、みちのくにへまかりけるに、
      別の歌よむとて

51 君いなば月待つとてもながめやらむあづまのかたの夕暮の空
    (岩波文庫山家集105P離別歌・新潮1046番・西行上人集・
              山家心中集・新古今集・西行物語) 

○あひ知りたりける人

誰か個人名は不明です。作歌年代も不明です。西行の知遇のある人が
陸奥まで旅をするということ。

○みちのくに

「道の奥の国」という意味で陸奥の国のことです。陸奥(むつ)は
当初は(道奥=みちのく)と読まれていました。
927年完成の延喜式では陸奥路が岩手県紫波郡矢巾町まで、出羽路
が秋田県秋田市まで伸びていますが、初期東山道の終点は白河の関
でした。白河の関までが道(東山道の)で、「道奥」は白河の関
よりも奥という意味です。

○別の歌

旅立つ人との別れの歌ということ。

○君いなば

(いなば)は「往ぬ・去ぬ」の漢字を用います。どこかに行くこと。
去ること。死亡することも「去ぬ」と言います。

○あづまのかた

陸奥の国及びそれまでの道中のこと。

(51番歌の解釈)

「あなたがみちのくへの旅に出発したならば、月の出を待つのだと
でもいって、東の方の夕暮の空をながめやりましょう。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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      西國へ修行してまかりける折、小嶋と申す所に、
      八幡のいははれ給ひたりけるにこもりたりけり。
      年へて又その社を見けるに、松どものふる木に
      なりたりけるを見て

52 昔みし松は老木になりにけり我がとしへたる程も知られて
         (岩波文庫山家集117P羈旅歌・新潮1145番)

○西國へ修行して 

西行の西国行脚は確かなことは二度です。上の歌の詞書によって、
それは確実だと言えます。安芸の一宮に行った時の歌もありますが、
何度行ったのかということが確定できる資料はありません。

○小嶋と申す所

地名。岡山県倉敷市児島のこと。瀬戸内海に面しています。

○年へて又その社を見ける

この詞書によって児島の八幡宮には過去にも行っていることが
わかります。

○昔みし

昔、見たということ。松は常盤木と言われますが若い頃に見た松の
木を再び見て、年の隔たりを思っての述懐の歌です。

○老木

年古りた木のことですが、年齢が高くなった人、老いた人という
解釈で間違いありません。私も老木となりました。

(52番歌の解釈)

「昔ここ児島の八幡に参籠した時に見た松はすっかり老木に
なった。私もそれだけ年を取ったということが知られる。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

「昔この八幡宮の社殿に参籠した折に見た松は、今度見ると
すっかり老木になってしまっている。それにつけ、自分がいかに
年をとったかも知られて……。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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       秋ものへまかりける道にて

53 心なき身にもあはれは知られけり鴫たつ澤の秋の夕ぐれ
     (岩波文庫山家集67P秋歌・新潮470番・西行上人集・
 山家心中集・御裳濯河歌合・新古今集・御裳濯集・西行物語)

○秋ものへまかりける

現在であれば「秋、ものへまかり」で「、」が必要でしょう。
「ものへ」も非常にわかりにくい表現です。「者」ではなくて「物」
のことですが、あえて目的を持たない散歩や小旅行の時に行く漠然と
した「場所」のことです。曖昧さをもたせた言い方です。
現在においては、こういう用い方は類例がないと思います。平安
時代には「もの」の使い方も多様性に富んでいました。西行以前にも
同様の使い方をした詞書がいくつかありますから例証として古今集
から挙げておきます。
ちなみに西行歌にはこの一度のみしか使われていません。

  物思ひけるころ、ものへまかりける道に野火の
  もえけるを見てよめる

 冬がれの野べとわが身を思ひせば もえても春を待たましものを
                (伊勢 古今和歌集791番)

○心なき身

俗世間に心を置いていないということ。俗世間のことごとからは
遊離した気持ちのこと。出家者であることを表します。

○鴫

シギ科に属する鳥の総称。アオアシシギ、ハマシギ、コシャクシギ
など、世界で50種類以上が分布
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