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西行辞典

件名: 西行辞典 第366号(180310)
2018/03/10
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      ◆◆◆◆  西行辞典  ◆◆◆◆
                        
                  vol・366(不定期発行)
                   2018年03月10日号

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          今号のことば    

         1 みもすそ・御裳濯川
         2 御裳濯川歌合  
         3 御裳濯集
         4 宮川 01

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         ◆ みもすそ・御裳濯川 ◆

【みもすそ・御裳濯川】

伊勢神宮内宮を流れる五十鈴川の別称。伝承上の第二代斎王の
倭姫命が五十鈴川で裳裾を濯いだという言い伝えから来ている
川の名です。
正式名称である「五十鈴川」は山家集には07番詞書の「いかばかり…」
一首のみしかありません。それに比して御裳濯川は歌に五首、詞書に
三回あります。

「平安和歌歌枕地名索引」では「五十鈴川」が22首、「御裳濯川」が
40首あります。五十鈴川よりも御裳濯川の別称の方がが多く詠み
込まれています。

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      御裳濯川のほとりにて

01 岩戸あけしあまつみことのそのかみに櫻を誰か植え始めけむ
(岩波文庫山家集125P羇旅歌・新潮欠番・御裳濯河歌合・
万代集・御裳濯集・西行物語) 

○岩戸あけし

記紀にある神話の「天の岩戸」のこと。弟のスサノオの乱暴さに
怒った天照大神は岩戸を閉じて、中に隠れてしまいます。
天照大神は太陽神とされていて、天照大神が岩戸を閉じて隠れて
しまったために高天原は暗くなったといわれます。 

○あまつみこと

岩戸を閉じて閉じこもっていた天照大神が、岩戸を開けて姿を見せた
という伝承により、天照大神のことと解釈できます。
「あまつみこと」は天の高天原から降臨した神のことです。その
主神が「天照大神」です。

○そのかみに

(その、かみに)で、(その)とは天照大神を指し、(かみ)で
上代のこと、神話の時代を言い、天照大神のいたはるか昔に…と
いう意味です。

(01番歌の解釈)

「伊勢大神宮の神苑、御裳濯川のほとりに桜が多く植えてあるが、
天の岩戸を開けられた天つみこと(天照大神のことか)のその大昔
に、誰が一体、この桜を植え始めたのだろうか。」
         (渡部保氏著「西行山家集全注解」から抜粋)

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02 流れたえぬ波にや世をばをさむらむ神風すずしみもすその岸
          (岩波文庫山家集279P補遺・西行上人集・
                  御裳濯河歌合・玄玉集)  

○流れたえぬ

御裳濯川の流路・流水が途絶えることはないということ。

○神風

神の威徳を表す風のこと。平安時代は伊勢神宮の枕詞です。
鎌倉時代の二度に渡る蒙古襲来、そして第二次世界大戦という
苦難に満ちた歴史をたどって、現在では「神風」の意味あいも少し
ぱかり変わってきたものと思います。

(02番歌の解釈)

「流れのたえることのない御裳濯河の波によって、この世を
平らかに治め給うのであろう、神風も涼しく吹き渡る御裳濯河の
岸辺よ。」
(流れ絶えぬ川を神の力のあらわれと賛嘆しているのである。)
          (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋)

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     みもすそニ首

03 初春をくまなく照らす影を見て月にまづ知るみもすその岸
         (岩波文庫山家集225P神祇歌・新潮1531番・
               西行上人集追而加書・夫木抄)

04 みもすその岸の岩根によをこめてかためたてたる宮柱かな
         (岩波文庫山家集225P神祇歌・新潮1532番)

○初春

一年の初めのこと。新年・元旦の意があります。

○くまなく照らす影

月光のことです。しかし当時の暦では新年すぐの月ということは
ありえません
ここでは伊勢神宮の神徳を月の光に例えて言っています。
あるいは「初春」と「月」は関係ないと解釈するべきでしょうか?
「初春」は月が輝きだす新年10日過ぎあたりまでをも指している
とも考えられます。

○みもすその岸

伊勢神宮内宮の五十鈴川(御裳濯川)の岸辺のこと。

○岩根

岩の根元のこと。不動の根のように大地にしっかりと納まって
安定している岩。土から盛り上がっている、どっしりとした岩。
「岩根踏み」「岩根松」という形で多くの歌が詠まれています。
「岩根松」は常盤木の松としっかりとした岩との組み合わせに
より、万代を寿ぐ賀歌として詠まれています。
「岩根」の「根」は接尾語とも言われます。

○かためたて

硬度が強いこと。しっかりと合わさっていること。
状況や形が変化しないものについていう言葉。

○宮柱

皇居の柱、宮殿の柱、神殿の柱などをいいます。

(03番歌の解釈)

「新春の日本の国土すべてを至らぬ隈なく照らし出す月の光を
見ると、まずは何より伊勢神宮の神威を知ることができる。」
                 (和歌文学大系21から抜粋)

(04番歌の解釈)

「御裳濯川の岸の岩根に、君の千代八千代をかけて祈願し、
しっかりと固め立てた宮柱であるよ。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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      御裳濯川歌合の表紙に書きて俊成に遣したる

05 藤浪をみもすそ川にせきいれて百枝の松にかかれとぞ思ふ
           (西行歌)(岩波文庫山家集280P補遺・
            御裳濯河歌合・風雅集・長秋詠藻)

      返事に歌合の奧に書きつけける
        
06 ふぢ浪もみもすそ川のすゑなれば下枝もかけよ松の百枝に
     (藤原俊成歌)(岩波文庫山家集281P補遺・風雅集・
                御裳濯河歌合・長秋詠藻)

○御裳濯川歌合

西行最晩年の陸奥行脚の前後に編まれて、伊勢神宮内宮に奉納
された自歌合です。左は山家客人、右は野径亭主という架空の
人物の作として、36番合計72首を番えて、藤原俊成に判を依頼
しました。
これとは別に伊勢神宮外宮に奉納した「宮河歌合」があります。

○俊成

【藤原俊成】=「顕廣・五條三位入道・左京大夫俊成・釈阿」

藤原道長六男長家流、従三位藤原俊忠の三男。1114年生、1204年に
91歳で没。1123年に父の俊忠が死亡してから葉室顕頼の養子となり、
「顕廣」と名乗ります。
1127年に従五位下となり美作守、次いで加賀守・遠江守・三河守・
丹後守・左京太夫などを歴任後1167年に正三位。
この年に本流の藤原氏に復して「俊成」と改名しました。
1172年に皇太后宮太夫。1176年9月、病気のため出家。法名は「阿覚」
「釈阿」など。五条京極に邸宅があったため、通称は「五條三位」。
歌道の御子左家の人です。藤原定家の父。俊成女の祖父。

1183年2月、後白河院の命により千載集の撰進作業を進め、一応
の完成を見たのが1187年9月、最終的には翌年の完成になります。
千載集に西行歌は十八首が入集しています。
90歳の賀では後鳥羽院からもらった袈裟に、建礼門院右京太夫の局が
紫の糸で歌を縫いつけて贈っています。そのことは「建礼門院右京
太夫集」に記述されています。
西行とは出家前の佐藤義清の時代に、藤原為忠の常盤グループの
歌会を通じて知り合ったと考えてよく、以後、生涯を通じての
親交があったといえるでしょう。

家集に「長秋詠藻」、歌学書に「古来風躰抄」「古今問答」「万葉集
時代考」などの作品があります。

○藤浪

中臣鎌足から続く藤原氏の氏族としての系統を意味しています。
ちなみに山家集には藤の花と藤袴の植物は別にすると、藤の付いて
いる名詞は藤衣と藤浪です。藤衣は葬送の時の喪服をも意味します。 

○みもすそ川

先述参照。

○せきいれて

人為的にせきとめて遮断した流れを、別の方向に流し入れること。

○百枝の松

たくさんの枝のある松のこと。立派な松のこと。
藤原氏の氏族の繁栄をいうものでしよう。

○和歌の浦わ

紀伊の国の歌枕。和歌山市の紀の川河口の和歌の浦のこと。
片男波の砂嘴に囲まれた一帯を指します。
和歌の神と言われる「玉津島明神」が和歌の浦にあります。
和歌に関しての歌で、よく詠まれる歌枕です。
(浦わ)は(浦曲)で、和歌の浦の湾の湾曲していることや湾の入り
組んでいる部分を指します。

○あまの藻汐木

「藻汐木」は海水から塩を製造する時に製塩の釜をたく薪を表します。
この歌は上句と下句の連続性が判然としませんが、歌の道にかける
互いの思いを固い約束事としての共通認識の上での歌なのでしょう。

(05番歌の解釈)

「藤浪という波をみもすそ河にせき入れて、その藤浪が枝の百枝も
ある立派な松にかかれよと希望する。」
         (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋)

(06番歌の解釈)

「藤浪は何もわざわざせき入れなくても、みもすそ川の末なのだ
から、松の下枝にかかったらよいと思う。松の百枝にかかる時に。」
          (渡部保氏著「山家集全注解」から抜粋)

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     公卿勅使に通親の宰相のたたれけるを、五十鈴の畔にて
    
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