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西行辞典

件名: 西行辞典 第370号(180506)
2018/05/06
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      ◆◆◆◆  西行辞典  ◆◆◆◆
                        
                  vol・370(不定期発行)
                   2018年05月06日号

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         今号のことば    

       1 深山・み山 02
  
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         ◆ 御山・み山 02 ◆

【御山・み山】

「御=み・お」は美称の接頭語。言葉の調子を整える意味でも
「み・御」の文字が用いられます。

皇族や特定の人物の陵墓がある場合はその神聖さのためにも敬って
「御」の文字を前置します。また仏教関係の聖地ともいえる山も
同様に「御」をつける場合が多くあります。

「深山=みやま」の意のある場合は、奥深い山を言います。
山家集には「み山」と(み)がひらがな表記の場合の多くは深山の
意を表しています。もちろん例外もあります。

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【岩波文庫山家集の「み」表記の歌】

01 穗に出づるみ山が裾のむら薄まがきにこめてかこふ秋霧
          (岩波文庫山家集60P秋歌・新潮268番)

○穂に出づる

霧に包まれた中に、薄が高くぬきんでて穂を出している状況説明。

○むら薄

群がって生えている薄。

○まがき
         
竹や柴をあらく編んで作った垣根。「ませ」ともいう。
            (大修館書店「古語林」から抜粋)

(01番歌の解釈)

「高く穂を出しているみ山の裾の群薄を、秋霧が籬で
囲うように包みこんでいるよ。」
           (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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02 晴れやらぬみ山の霧の絶え絶えにほのかに鹿の聲きこゆなり
          (岩波文庫山家集62P秋歌・新潮300番・
                西行上人集・山家心中集)

○霧の絶え絶えに

霧が絶えることなく、途切れ途切れに湧きおこっている状況。

○鹿

哺乳類の動物。エゾシカ、アカシカ、ニホンジカなど鹿類の総称。
性質はおとなしく食性は草などの植物が普通。
牡鹿の角は毎年生え変わります。肉は人間の食用にもなります。

歌では「萩」や「秋」の言葉と共に詠み込まれた歌が多くあります。
雌鹿を求めて鳴く牡鹿の声が、秋の情景とも重なって「悲しい」と
いう愛惜に満ちた抒情が表現されています。

 「奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の 声聞く時ぞ秋は悲しき」
               (猿丸太夫 百人一首05番)

(02番歌の解釈)

「すっかり晴れてしまうことのない山の霧の絶え間絶え間に、
とぎれとぎれにかすかに鹿の鳴く声が聞えてくるようだ。」
           (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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03 木葉ちれば月に心ぞあくがるるみ山がくれにすまむと思ふに
          (岩波文庫山家集92P冬歌・新潮495番)

新潮版では「あくがるる」は「あらはるる」となっています。

○木葉ちれば

「このはちれば」と読みます。

○月に心ぞあくがるる

冬歌であり、落葉樹が葉を落とすと月がいっそうきれいに見えます。
冬のその月に、あこがれる心境を言います。
新潮版の「あらはるる」の方が良い気がします。この歌の詞書は
「暁落葉=新潮版」「山家落葉=岩波文庫」と異なっています。
いずれにしても(あくがるる)までの上句と、(み山・・・)からの
下句の連動が少しちぐはぐな感じも受けます。

(03番歌の解釈)

「み山にこもって住もうと思っているのに、木の葉が散ると、
月の光りに照らされて、月にあこがれる心がいっそうあらわと
なることだ。」
           (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

「すでに深山に住んでいる。冬になって木の葉が散れば、庵の前
から見る月はいっそう良く見えてそのきれいな月にあこががれる。
このきれいな月を見るためにも、今後もここに住みたいものだ」
                   (筆者の解釈)

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04 くやしくも雪のみ山へ分け入らで麓にのみも年をつみける
        (岩波文庫山家集100P冬歌・新潮1492番)

○くやしくも雪のみ山へ

前世に釈迦が修行した雪山と同じように、自分も雪深い山に籠って
修行したいという願望。「分け入らで」で願望を持ちながら、そう
することなく歳月を過ごした自責の思いを言います。

(04番歌の解釈)

「残念なことに、雪の深山へ分け入らずに、むなしく麓でばかり
年を過ごしてしまったたことだ。」
           (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

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05 ときはなるみ山に深く入りにしを花さきなばと思ひけるかな
          (岩波文庫山家集283P補遺・西行上人集) 

○ときはなるみ山

常緑樹ばかりが繁茂している山のことです。

○花さきなば

桜の花が咲いたら…という、無理なことを承知の上での空想。

(05番歌の解釈)

「常磐木の茂る山に深く入ってしまったが、花が咲いたならばと
思っていたなあ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

【ときは・常磐】

(ときは=常盤)の原意は(永遠に、しっかりと同一の性状を保って
いる磐)のことです。それから転じて永久に不変のものを指します。

地名としての「常盤」は、京都市右京区常盤のことです。
山城の歌枕の一つです。藤原為忠の屋敷がありました。
為忠の子である藤原為業(寂念)、藤原為経(寂超)、藤原頼業(寂然)
の三人は大原三寂とも常盤三寂とも言われます。

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     寿量品 得入無上道 速成就佛身

06 わけ入りし雪のみ山のつもりにはいちじるかりしありあけの月
(岩波文庫山家集228P聞書集17番・夫木抄)

○寿量品

法華経のうちの第16品。

○雪のみ山

具体的には現在のヒマラヤ山脈を指すようです。山名は特定不可。
霊鷲山はインドにある小山でもあり、「雪のみ山」ではありません。

○つもり

雪が積もるということと、修行の日常が積もるということを掛け
合わせています。

○ありあけの月

まだ明けきらぬ夜明けがたのこと。月がまだ空にありながら、
夜が明けてくる頃。月齢16日以後の夜明けを言います。

天空にあって下界をあまねく明るく照らすということで、仏陀の
象徴として「有明の月」としています。

(06番歌の解釈)

「分け入った雪山での修行の積み重ねによって釈尊は、はっきりと
仏心をあらわし、霊鷲山の有明の月となった。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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      神楽に星を

07 ふけて出づるみ山も嶺のあか星は月待ち得たる心地こそすれ
          (岩波文庫山家集224P神祇歌・新潮欠番)

○あか星

金星のこと。明けの明星。神楽歌に「あか星」に触れた歌があります。
また「あか星」は神楽歌の曲名とも言います。

○心地
 
自分の気持ち、気分のこと。思慮、考え、様子、受ける感じなどに
ついてもいう言葉です。

(07番歌の解釈)

「夜が更けてから深山の峯に金星が出る。いつもは暗い深山が
明るく見えるほどで、待っていた月が出たのかと思い誤った。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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     かへりまうで来て、をとこのもとへ、なきかげにも
     かくやと覚え侍りつると申しつかはしける

08 思ひいでてみ山おろしのかなしさを時々だにもとふ人もがな
            (岩波文庫山家集241P聞書集112番)

○かへりまうで来て

この歌は聞書集107番からの連作です。
「浅からず契り…」という聞書集107番詞書によって、かつて浅からぬ
縁のあった女性の墓参りに行き、帰ってきたということがわかります。

○をとこのもとへ

亡くなった女性の夫だと思わせます。

○なきかげにもかくやと

亡くなった女性も西行と同じように思っているという推量の言葉。

○み山おろし

深山おろしのこと。高い山から吹き下ろす風。

○とふ人もがな

尋ねていく人がいて欲しいという願望。

(08番歌の解釈)

「思い出して、深山おろしの悲しい墓を、せめて時々だけでも
たずねてくれる人があったらよいのになあ。」
                (和歌文学大系21から抜粋)

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      寂蓮高野にまうでて、深き山の紅葉と
      いふことをよみける

09 さまざまに錦ありけるみ山かな花見し嶺を時雨そめつつ
        (岩波文庫山家集88P秋歌・新潮477番・
              西行上人集・山家心中集)

○寂蓮高野に

「寂蓮」は「寂然」の誤りだろうと思います。ただし岩波文庫山家集
の底本の山家集類題本も寂蓮となっていますから岩波文庫の校合ミス
ではありません。
新潮日本古典集成山家集は寂然となっていますから、こ
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