まぐまぐ!
バックナンバー

西行辞典

件名: 西行辞典 第376号(180727)
2018/07/27
************************************************************

      ◆◆◆◆  西行辞典  ◆◆◆◆
                        
                  vol・376(不定期発行)
                   2018年07月27日号

************************************************************

         今号のことば    

         1 むつごと 02
         2 むつび・むつまし
         3 むつれ・むつる 01

陸奥の国→第359・360・361号「みちのくに・陸奥国」参照
むなかた結ぶ→第249号「ぬさ・幣」参照
むま玉→第327号「ほととぎす(02)」参照
むめ→第286号「人々よみける(5)」参照
むやひつつ→第363号「みなと川」参照
むらぎえ→第309号「二見・ふたみ」参照
むらぎみ→第101号「かづく」参照
村濃→第211号「たぐふ・たぐへ」参照
紫野→第349号「まつり・祭り」参照
村雨→第346号「正木・まさき」参照
むら薄→第370号「御山・み山 02」参照
むらすずめ→第193号「雀・すずめ貝・雀弓」参照

************************************************************

       ◆ むつごと 02 ◆

【むつごと】

「睦言=むつごと」は親しい人たちが仲良く語り合う事。
または、愛し合う男女の愛情を基にした会話のことです。

―――――――――ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

     中院右大臣、出家おもひ立つよしかたり給ひけるに、
     月のいとあかく、よもすがらあはれにて明けにければ
     帰りけり。その後、その夜の名残おほかりしよし
     いひ送り給ふとて

02 よもすがら月を詠めて契り置きし其むつごとに闇は晴れにし
 (中院右大臣源雅定歌)(岩波文庫山家集175P雑歌・新潮732番・
 西行上人集・山家心中集・新後撰集・玉葉集・月詣集・西行物語)

 下は西行の返し歌です。

02ー1 すむとみし心の月しあらはれば此世も闇は晴れざらめやは
      (西行歌)(岩波文庫山家集176P雑歌・新潮733番・
        西行上人集・山家心中集・新後撰集・西行物語)

○中院右大臣

俗名は源雅定。1094年〜1162年。村上源氏。源雅実の子で右大臣。
1154年出家。法名は蓮如。
源雅定が右大臣になったのは1150年のことであり、雅定出家の
1154年までの間に西行と二人で親しく語り合ったことが分かります。
1154年は西行37歳です。雅定の名前はこの一度しか出てきません。

○いと赤く
 
(1)ほんとうに。まったく。(2)たいして。それほど。

(1)と(2)では意味合いに違いがありますが、その解釈の幅は
受け手に委ねられている言葉のようにも感じます。
ここでは「本当に赤い色だ」という解釈で良いと思います。

○契り置きし

二人で話し合う中で、出家の約束をしたということ。

○其むつごと

(睦言)のことで、西行が中院右大臣に対して親しく熱心に出家を
勧めた、その姿勢や表情が浮かび上がってくる表現です。
源雅定が西行の言葉を好意的に受け止めていることがわかります。

○心の月し

仏教の信仰上のことで、比喩的に心の中にあるとする架空の月を
言います。仏教でいう悟りの境地を指すための比喩表現です。
「心の月」は西行歌に7首あります。
「し」は副助詞。前の言葉である「心の月」を強める働きをします。

○此世も闇は晴れ

この世で出家をして仏道に邁進すれば悟りの境地にもなり、日常の
中の迷いや苦しみも消え去り、心は晴れるということ。

(02番歌の解釈)

「一晩中明月を眺め、真如の月(悟りの心境)について語りながら、
出家のことを約束したあなたとの話に、心の闇はすっかり晴れて
しまいました。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

(02ー1番歌の解釈)

「心の闇が晴れ、あの真如の月のように澄みきった悟りの境地に
なられたならば、無明長夜の闇も晴れないことがありましょうか、
きっと晴れましょう。」
            (新潮日本古典集成山家集から抜粋)

************************************************************

       ◆ むつび・むつまし ◆

【むつび・むつまし】

「むつび」は「睦び」と表記し、親しむこと、仲良くすること、
親しい交友関係であることを意味します。

「むつまし」は項目化するほどのことでもないのですが「むつび」に
関連する言葉として、ここで触れておきます。

「むつまし」は、形容詞シク活用で、親しい、仲が良いというほどの
意味です。当時は濁点を用いなかったので、「睦び」は「むつひ」、
03番歌の「むつまじ」は「むつまし」が当時の用法でした。

―――――――――ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

     伊勢にて、菩提山上人、対月述懷し侍りしに

01 めぐりあはで雲のよそにはなりぬとも月になり行くむつび忘るな
 (岩波文庫山家集77P秋歌・新潮欠番・西行上人集・西行物語)

○伊勢にて

西行は1180年、63歳の時に居住地を高野山から伊勢に移しました。
1186年の再度の陸奥旅行を機に伊勢を離れました。

○菩提山上人

菩提山神宮寺の良仁上人のことと言われています。神宮寺は伊勢市
中村町にありました。
良仁上人は西行より4.5歳年長で、1209年97歳で没したようです。
歌は再度の陸奥旅行の前に詠まれたものと推定できます。

○雲のよそ

「よそ」は近くではなく、こことは別の方ということ。
はるか遠く離れている事。(雲)は遠くはるかなことや、現実を
離れたものの例えとしての言葉です。

○月になり行く

和歌文学大系21では「月に馴行(なれゆく)」とあり、窪田章一郎氏の
「西行の研究」でも「月になれゆく」となっています。
岩波文庫の「月になり行く」の「り」は「れ」の間違いの可能性が
あります。

ここでは、仏道修行の果てに自身の中に真如の月を具現化させようと
いう意味の「月になりゆく」ではなくて、月を眺めるという事に二人で
馴れあったという「馴れゆく」が、ふさわしい気もします。

(01番歌の解釈)

「再び巡り合うこともなく、遠く雲のかなたに別れ別れになって
しまっても、月を眺めて親しみを深めたことを忘れないで下さい。」
                (和歌文学大系21から抜粋) 

―――――――――ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

02 雲かかる山とは我も思ひ出でよ花ゆゑ馴れしむつび忘れず
           (岩波文庫山家集26P春歌・新潮990番)

新潮版では以下のようになっています。

 雲かかる 山見ばわれも 思ひ出でに 花ゆゑなれし むつび忘れず
             (新潮日本古典集成山家集990番)

○雲かかる

花のように見える雲、もしくは雲のように見える花を見ての、自身の
生涯を決定づける連想。
(思ひ出でよ)の言葉によって、老境に入ってからの、花を好きで
あった自身を肯定的に自認しているようにも解釈できます。

○花ゆゑ馴れし

桜の花が桜の花であることによって、山桜のある山にも馴れてきたと
いうこと。

○我も思ひ出でよ

難解な歌のようにも思います。その時、その場での情景を詠った歌
ではなく、後年になってからの懐旧談のような気もします。

○むつび忘れず

(むつび)は「睦む」こと。桜の花にことのほか親愛の情を持ち続けた
自身の歴史を肯定的に表現しています。

(02番歌の解釈)

「雲が花っぽくかかる山を見ると、私もきっとこの山に抱いた
愛着を思い出すだろう。この世でどんなに花を愛し、その花に
似た雲を愛し、その雲のかかった山まで愛したか。そしてその
愛着のために往生し損じて、輪廻から抜けられないことも。」
                (和歌文学大系21から抜粋) 

「桜花と見まがう雲のかかる山を見ると、自分も思い出として、
桜の花のために山と馴れ親しんだことを忘れないよ。」 
            (新潮日本古典集成山家集より抜粋)

―――――――――ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

       明石に人を待ちて日数へにけるに
 
03 何となく都のかたと聞く空はむつまじくてぞながめられぬる
         (岩波文庫山家集108P羇旅歌・新潮1135番)

新潮版は詞書に異同が見られます。

      津の国に、やまもとと申す所にて、人を待ちて
      日数経ければ

 なにとなく 都の方を 聞く空は むつまじくてぞ ながめられける
             (新潮日本古典集成山家集1135番)

○明石

兵庫県にある港湾都市。東経135度の日本標準時子午線が通って
います。
播磨の国の著名な歌枕です。明石に続き潟・浦・沖・瀬戸・浜
などの言葉を付けた形で詠まれます。
明石は万葉集から詠まれている古い地名ですが、月の名所として、
「明石」を「明かし」とかけて詠まれている歌も多くあります。

○人を待ちて

詞書からは誰を待っていたのか個人名は不明です。しかし山家集に
7回出てくる「同行に侍りける上人」とは、西住上人を指していますし、
西住上人以外の人物の可能性はほぼ無いでしょう。

○何となく

はっきりとはしていないけど、どことなく・・・。不確かだけど
そうではなかろうか・・・?という場合に使う言葉です。

西行の愛用したフレーズと言ってもよく、「何となく」の西行歌は
10首あります。そのうち初句が9首です。残りの一首は下の04番歌です。

○聞く空

「聞
続き>

前号|次号|最新
バックナンバー一覧

s登録する
解除する

利用規約
ヘルプ
メルマガ検索
マイページトップ
まぐまぐ!トップ